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「本来の政治の条件」を問う ハンナ・アレント「革命について」

大澤真幸が読む

 本書は、フランス革命とアメリカ独立革命を比較し、前者はダメで、後者だけが成功した革命だったと評価したことで知られている。どうしてフランス革命は失敗なのか。フランス革命は貧困(経済)の問題を中心においたからだ。アレントに言わせれば、動物的な必要を満たすことなど政治に値しない。
 アメリカ革命は、アメリカ人が飢えていたから引き起こされたわけではない。アメリカ革命の目的は、本来の政治の条件にかなっていた。「自由(フリーダム)の創設」である。アレントが言う自由は、好き勝手ができるという意味ではない。公的な空間に現れ、かけがえのない個人として尊重される中で討論し、政治的に活動できる、という意味だ。
 興味深い論点は、新しい憲法(コンスティテューション)がどうやって正統性を獲得したのか、どこから権威を調達したのか、という話題である。普通は、政治の外部の絶対者(神、教会など)に頼るが、ヨーロッパの伝統から自分を切り離したアメリカではそれができない。アレントによれば、アメリカ革命は古代ローマに倣った。
 持続する新しいもの(政治体)を「創設」する行為、つまり建国の行為そのものが権威を含んでいたというのだ。偉大なことを成し遂げた「創設」の行為に、自分自身が感動し、それに深い敬意を抱き続けること、これが権威となるというわけだ。
 ここで我が身を振り返るとひとつのことに気づく。日本の戦後体制にはこれが欠けている。日本人には、この体制を自分で創設したという達成感がない。創設の行為が生み出す権威が、戦後体制には宿らなかった。
 トランプ大統領が誕生する経緯などを見ると、アメリカを含め、今日の状況はアレントがこの本を書いたときより複雑だ。われわれは、経済問題(格差)を無視するわけにはいかない。が、経済に終始しても貧困問題すら解決しない。フランス革命的なところから始めてアメリカ革命的なところに至ること、これが現在の課題だ=朝日新聞2017年5月14日