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普遍的悩みを映す名台詞 ウィリアム・シェイクスピア「ハムレット」

桜庭一樹が読む

 もし「お話は有名だけどじつは読んでない古典選手権」をしたら、シェイクスピアがぶっちぎりで優勝じゃないかなぁ?
 戯曲、つまりお芝居の台本なので、どうにも読みづらい。でも名台詞(ぜりふ)の数々には聞き覚えがあるぞ。たとえば……「あぁロミオさま、あなたはどうしてロミオなの?」とか、「ブルータス、おまえもか!」とか、「生きるべきか死ぬべきか(To be, or not to be)」などなど。
 シェイクスピアは一六世紀イギリスの売れっ子劇作家。自分の劇場を持ち、国王一座としても活躍した。作品をおおざっぱに三つに分けると、悲劇(『リア王』『ハムレット』など)、喜劇(『夏の夜の夢』など)、歴史劇(『リチャード三世』など)か。現代でも大人気で、映画や演劇で毎度おなじみだ。
 でも、遠い国で四百年以上前に書かれた作品が、どうしていまだに受けてるのかな。たとえば『ハムレット』とか……?
 主人公ハムレットはデンマークの王子。だが、叔父が父王を殺して、母と再婚し、新王になった! 復讐(ふくしゅう)に燃えるハムレットっ!! がっ……? あれっ?
 ……悩むばかりでなかなか敵討ちしないので、なんなんだヨー、と長年思っていた。でもある日、「キリスト教の国では罪は人でなく“神”が裁く。だからハムレットは苦しむ」という評論を読んで、ハッとした。
 あぁ、だから名作として読まれ続けていたのか、と。
 わたしたちは日々、忌まわしい犯罪のニュースに触れる。被害者の遺族はこう叫ぶ。「犯人をこの手で殺してやりたい!」と。その痛ましさを前に、「だめだ。“法”にゆだねなくては」とも「やれ!」とも言えない。絶対的に正しい答えなんて誰にもわからないよ。そう、四百年も前から……。
 つまりね、わたしたちもハムレットの如(ごと)く、迷い、呟(つぶや)いたことがあるんだよ。「やるべきかやらざるべきか(To be, or not to be)」と=朝日新聞2017年5月21日掲載