古典百名山

マルセル・モース「贈与論」 大澤真幸が読む

2017年07月23日

Marcel Mauss(1872~1950)仏の社会学者・民族学者=森山工氏提供

義務はどこから来るのか?

 私たちは必要な物の大半を買い物(市場)で得ていて、贈り物はおまけと見ている。しかし前近代社会、特に文字をもたない社会や古代社会では違った。
 モースが1923~24年にかけて発表した「贈与論」は、北米の先住民やポリネシア人、メラネシア人などの儀礼的な贈与を比較研究した論文である。私たちの冠婚葬祭にも贈与はつきものだが(結納、香典など)、儀礼的な贈与とは、それの大規模なものだと思えばよい。このような社会では、極論すれば、人々は贈与のために生きている、と言ってもよいほどなのだ。
 有名なのは北西アメリカの先住民のポトラッチ。主人は気前よさを見せつけようと客に莫大(ばくだい)な富や食物を与え、しまいには貴重品を破壊してみせる。
 このような贈与は社会生活の全側面に関わっている。経済的な価値をもつだけではなく、政治的影響力の源であり、宗教的儀式であり、倫理的義務の履行である。ゆえにモースは、これを全体的社会的事象と呼ぶ。
 贈与は与える義務、受け取る義務、お返しの義務の複合からなる。モースを悩ませたのは、これらの義務がどこから来るのか、何が人を贈与へと駆り立てるのか、という問いである。
 最もわかりやすそうなお返しの義務すら謎めいている。もともと贈与は、お返しや支払いの法的義務がないからこそ贈与なのだ。にもかかわらず、人は贈られるとお返ししなくては、と感じる。ならばさっさと返せばよいかと言えば、そうではない。もらったとたん即座にお返しをしたりすると、かえって相手を傷つけ怒らせる。完璧すぎる返済はよくないのだ。
 あまりに不可解なので、モースは、マオリ族(ポリネシア)自身の説明をそのまま回答にしている。贈与された物に精霊(ハウ)が宿っていて、受け取った者に返礼を強いるのだ、と。
 どんな人間社会にも贈与は見られる。しかも、繁殖と無関係に常に贈与する動物は人間だけだ。人間とは何か。答えの鍵がここにあるかも。

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