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破滅型ヒーローにハラハラ スタンダール「赤と黒」

桜庭一樹が読む

 『赤と黒』は「情熱と死」の物語だ! すごく、すごーく面白い。ぜひ読んでほしい……!
 舞台は一九世紀前半のフランス。王政復古(せっかく革命を起こしたのにまた王政に戻ってしまったモヤモヤする)時代。主人公は美貌(びぼう)の青年ジュリヤン・ソレルで、〈武器を取れ!〉という名台詞(ぜりふ)でも有名だ。
 彼は若く、野心も能力も十分あるのに、亡霊のように蘇(よみがえ)った階級社会に将来を阻まれている。そこで持ち前の魅力と計算高さをフルに使って社会を這(は)いあがり、身分違いの激しい恋にも落ちるのだが……。
 作者スタンダールは、幾つかの現実の事件を参考にしてこの物語を書いたという。主となったのは、とある貧しい神学生が出世の道を阻まれて、将来を悲観。教会で元恋人に向けて発砲し、死刑になった事件である。
 主人公ジュリヤン・ソレルにはハラハラさせられ通しだ。彼は革命の終わった世界で、たった一人でまだ革命を続けるかのように階級社会と戦う。でも能力という剣を振り回しつつ、盾を持たず、防御ができない。だから、せっかく貧しい生い立ちから這いあがってきたのに、たった一回の失敗で下まで転がり落ちてしまうのだ。
 わたしはときどき、突然ジュリヤン・ソレルのことを思いだすことがある。たとえば、若い政治家がスキャンダルで失脚したり、芸能人が致命的な炎上を起こしたニュースを読んだときにだ。せっかくここまでこれたのに、どうしてもっと慎重に行動しなかったのか、と。
 そして次の瞬間、その人の叫び声が聞こえた気がして、ひっそりゾッとするのだ。〈武器を取れ!〉と。俺たちが生きるとき盾なんかいらない、やりたいようにやるだけさ、と。こういうアンチヒーローの持つ抗(あらが)いがたい魅力は、何だろうか……?
 主人公が破滅に向かっていくラストの文体も、そぎ落とされて硬度が凄(すさ)まじい。酔い冷めやらずの読後感よ!=朝日新聞2017年9月10日掲載