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幕切れに人生感じる名台詞 ギー・ド・モーパッサン「女の一生」

桜庭一樹が読む

 若いころは、「人生は自分の力で切り開くもの」だと思って、張り切っていた。いま若い人たちにも、そう信じてもらいたいし、そう信じられる世の中であってほしい、と思っている。でも同時に、「与えられた場、運命とともに、流れていくのだって、生きることなんだな」と感じるようにもなってきた。どちらも、ある誰かの人生――フランス語でいう「Une vie(ユヌヴィ)」にちがいない、と。
 著者は一八五〇年フランス生まれ。『ボヴァリー夫人』の著者フローベールの愛弟子(まなでし)で、短編『脂肪の塊』で鮮烈にデビュー。その後、初の長編『女の一生』(原題『Une vie』)が大ベストセラーになった。
 物語は、主人公である男爵令嬢ジャンヌと、乳姉妹である女中ロザリの人生を丁寧に描いている。ジャンヌは愛とお金とユーモアのある男爵家ですくすく育ったが、ハンサムな子爵に恋をし、結婚した途端、人生が一変! 夫は彼女の資産を取りあげ、ロザリを妊娠させて……。
 結婚後のジャンヌは、なすすべもなく不幸に振り回され続ける。まるで風に舞う葉っぱみたいに。だから、自我のない情けない主人公だと批判されることもあるのだけれど、わたしは我がことのように読んだ。この人物の不運には、避けられたものと、どうしようもなかったものが混在していて、そのことがとても悲しかった。
 自我の力で解決できる不幸だけで、人生はできてない。でも偉い人にはそれがわからんのですよ……。
 物語の終盤、とある吉報がある。それを受け、老女中ロザリが、「ねえ、ジャンヌ様、人生ってのは〇〇〇ですね」とつぶやく声で、この長編小説はとつぜん幕を下ろす。人間を肯定する鈍い光とシニカルな影を同時に秘めた、まさに名台詞(めいぜりふ)だ。ある誰かの人生に、いま、確かに触れたと感じられた。あぁ、やっぱり文学とは、かくも素晴らしいものなのだ!(小説家)=朝日新聞2017年12月10日掲載