古典百名山

マックス・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」 大澤真幸が読む

2018年04月21日

マックス・ヴェーバー

■禁欲の思想が生んだ逆説

 社会学史上最も大きな影響力をもった書物である。中国やイスラム圏に比べ経済的に遅れた地域だった西欧で、近代的資本主義が生まれたのはなぜか、という問いを通じて西洋と近代の本質に迫った。この問いへのヴェーバーの回答は、カトリックに対抗して16世紀に出てきたプロテスタントの厳格な倫理的生活態(エートス)度に、資本主義の精神の源泉がある、というものだ。
 資本主義は強欲と結びつけられているので、凡庸な学者は、宗教的束縛から欲望が解放されたことが原因だと考える。だがヴェーバーは真実は逆だと洞察した。日常生活全体に禁欲を浸透させた思想が逆説的にも、資本主義の精神に繋(つな)がった、と。
 本書で特に重視されているのは、カルヴァン派の予定説だ。キリスト教の設定では、最後の審判のときに、それぞれの個人は、天国に入ることができるのか、それとも地獄に行くかが告げられる。予定説とは、誰が救済され、誰が呪われるかは、全知の神によって最初から決められており、人間のいかなる行為もその予定を変えられない、とする教義だ。しかも自分がどちらに決定しているかを、人間は予(あらかじ)め知ることはできない。
 ここで読者は躓(つまず)く。こんな教義は、信者に何の影響も与えないように思えるからだ。もし教師が生徒に、お前たちの合否は始めから決まっていると宣言したら、生徒は絶対に勉強しない。普通の宗教は、何かをすれば救済されると説く。しかし予定説は何をしてもムダだとする。ならば予定説を信じたところで何が変わるというのか。
 ところが何と、ヴェーバーによれば、予定説が、人間の行動にかつてないほど大きな変化をもたらした。どんな論理が作用したのか。この論理こそ、資本主義が隠してきた、最も奥深い秘密である。
 ここでは、思わせぶりのヒントだけ書いておく。神は(人間の教師と違い)全てを――結果だけではなく過程を含む全てを――知っている。信者によるこの想定に鍵がある。(社会学者)

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

著者:マックス ヴェーバー、大塚 久雄
出版社:岩波書店

表紙画像

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