2011年10月30日の書評一覧

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか [著]増田俊也

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか [著]増田俊也

■格闘技の興亡史、盛者必衰の輪廻  上下2段組み、700ページという大部の書である。主人公は柔道家の木村政彦。戦前、「鬼の木村」とうたわれ、戦後はプロレスラーに転身するが、力道山との「昭和の巌流島」………[もっと読む]

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]ノンフィクション・評伝

テクノロジーとイノベーション 進化/生成の理論 [著]W・ブライアン・アーサー

テクノロジーとイノベーション 進化/生成の理論 [著]W・ブライアン・アーサー

■大胆に描く、技術の自律的変化  本書の手柄は中身よりアプローチにある。イノベーションは経済、いや人間社会と文明の発展に決定的な重要性を持つ。が、どうすればそれが起こるのか?  これについての既存研………[もっと読む]

[評者]山形浩生(評論家)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]経済 科学・生物 社会

絶望の国の幸福な若者たち [著]古市憲寿

絶望の国の幸福な若者たち [著]古市憲寿

■不安で幸せ?論争的な若者論  現代日本の若者は不幸だといわれる。格差は拡大し、経済成長も難しい。しかし、社会調査では意外な結果が出る。20代の実に7割が、現在の生活に満足していると答える。今の若者………[もっと読む]

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]社会

日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか [著]山田奨治

日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか [著]山田奨治

■「まね」から文化は生まれるのに  『計画と無計画のあいだ』という本が出るそうな。ひょっとして拙著『生物と無生物のあいだ』のパクリではないか。しかし私はどうすることもできない。書名は、著作権で保護さ………[もっと読む]

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]社会

随筆 上方落語の四天王―松鶴・米朝・文枝・春団治 [著]戸田学

随筆 上方落語の四天王―松鶴・米朝・文枝・春団治 [著]戸田学

 戦後、消滅寸前だった上方落語の世界に入り、現在の隆盛を築いた<四天王>。色合いと芸風の異なる4人を聴き続けてきた著者は、具体的な演目を例に、声や口調、間やしぐさまで克明に記すことで、芸の実像を等身大………[もっと読む]

[評者]芸能
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]ノンフィクション・評伝

三浦哲郎、内なる楕円 [著]深谷考

三浦哲郎、内なる楕円 [著]深谷考

 昨年亡くなった私(わたくし)小説作家に関する評論集。書名は、東京で生きる東北人の孤独を描いた短編「楕円(だえん)形の故郷」にちなむ。三浦は東京で暮らしながら、故郷の東北・南部地方に絶えず目を向け、北………[もっと読む]

[評者]
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝

時間はだれも待ってくれない―21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集 [編]高野史緒

時間はだれも待ってくれない―21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集 [編]高野史緒

■現実と非現実の曖昧な境界で  チェコの首都、プラハに数日滞在した折、ある日本研究者に「東欧」ということばを漏らしたところ、すぐさまこう遮られた。「いや、私たちは中欧と呼んでいます」。ベルリンの壁が………[もっと読む]

[評者]田中貴子(甲南大学教授)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]文芸

ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第3集 [著]宮沢章夫

ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第3集 [著]宮沢章夫

■日常という怪物の気配、濃密に  小説の冒頭には2001年9月1日と日付が明記される。これは44人の死者を出した新宿歌舞伎町の雑居ビルの火災があった日であり、小説の最後は同年9月11日の日付が記され………[もっと読む]

[評者]奥泉光(作家)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]文芸

ミュージッキング 音楽は〈行為〉である [著]クリストファー・スモール

ミュージッキング 音楽は〈行為〉である [著]クリストファー・スモール

■存在を祝福し、肯定する音楽  “音楽というモノ”は存在しない。著者は断言する。あるのはミュージッキングなのだと。それは作曲家や演奏家の専有物ではない。リスナーも、ダンサーも、ローディーも、チケット………[もっと読む]

[評者]斎藤環(精神科医)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]アート・ファッション・芸能

句集 残像 [著]山口優夢

句集 残像 [著]山口優夢

■我々は「本体」を見ているのか  山口優夢の第一句集である。  〈あぢさゐはすべて残像ではないか〉  紫陽花(あじさい)に特有の色と形が「残像」と表現されていて、なるほどと思わされる。「あぢさゐ」と………[もっと読む]

[評者]穂村弘(歌人)
[掲載]2011年10月30日
[ジャンル]文芸

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