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阿川佐和子「うから はらから」書評 話芸がさえわたる物語の楽しさ

評者: 福岡伸一 / 朝⽇新聞掲載:2011年04月03日
うからはらから 著者:阿川 佐和子 出版社:新潮社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784104655045
発売⽇: 2011/02/18
サイズ: 20cm/374p

うから はらから [著]阿川佐和子

 すこし前、新潮社の小説誌yomyomをパラパラめくっていてふと目にとまったタイトル。「種の起源」。ダーウィンじゃあるまいし。来栖未来(くるすみく)は43歳。週刊誌の編集者。バツイチ。とはいえ元夫のムロさんとはたまに食事をする関係。律義な香港人、周さんとも付き合っている。コグっている(認識しているの意)とか来栖さんの祖母って可愛いなどムカつく言葉を発する部下の東大卒君と、山形の山奥で焼き畑を営むおばあさんの取材に行く。「仕事がつらいとか、嫌いだって思うことはないんですか」「んだねえ。せつねことはでっちりあるげんどもね。んだがらてこりゃ、おれの仕事だもんな。すぎもぎらいもねね。代々、うげづいでいがねばならぬごどだもね。そんだげ」。こりゃうまいなと読み進めると、途中の斜面で未来が急に吐き気をもよおす。
 「いや、おれの勘だとまぢげねと思うげどな。こごろあだり、ねのが?」。それが実はあったのだ。ムロさんとも周さんとも。つまり種の起源とはそういうことなのである。がぜん続きが読みたくなる。次章ではムロさんが「僕」として物語を引き継ぐ。
 話芸が冴(さ)えわたっているのだ。若者言葉や山形弁だけでなく広島弁、大阪弁、外国人の変な日本語。清水ミチコのモノマネみたいに変幻自在。そしてその話芸によって、未来をめぐるちょっと変わった、しかしどこにでもありそうな偽家族(はらから)の物語が、糾(あざな)える縄のように絡まりあう。
 あらためて小説の楽しさを思った。それはストーリーを追うことより、文体を味わうこと。そして年をとることのよさを考えた。それは抗(あらが)うよりも、受け入れる方に意味を見いだせるようになること。阿川佐和子の小説をお嬢さん芸だと思っている人は反省して本書を読むべし。私も、yomyom連載時にはここまで仕組まれた構築があるとは気づかなかった。
 評・福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)
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 新潮社・1785円/あがわ・さわこ 53年生まれ。作家、インタビュアー、司会者。『婚約のあとで』『ウメ子』など。