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『古事記』神話の謎を解く―かくされた裏面 [著]西條勉

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2011年04月03日

[ジャンル]歴史 人文 新書

表紙画像

■また一つ、新視点に興味深く

 民族のアイデンティティーたるものは、それぞれの神話に秘められている。故に、私たちの価値観が、無意識でいながらも、実はそれに大きく影響されていると思われる。
 中国では、一般的に「盤古開天闢地(ばんこかいてんびゃくち)」が世の始まりだと考える。——卵のように混沌(こんとん)たる宇宙の中で目覚めた盤古が自分の歯で斧(おの)を作って、世を天と地に切り開いた。これに続き、「女か造人(じょかぞうじん)」神話だ。
 女かが手で黄土を捏(こ)ね人間を作る。それが思いのほか大変だったらしく、疲れ果てた女かは、捏ねるのを諦め、泥のついた縄を振り回すことにした。辺りに散らかされた泥が次々と命を得て人間になったという。
 こうして女かの手で捏ねたのが貴族になり、縄から散らばった泥は平民百姓になったというわけだ。差別的な神話だが、これを裏付けるかのように、特権を前にして、中国の民があきらめ顔で数千年も忍び続けてきた。
 日本人のアイデンティティーと言えば、『古事記』にあろう。創世説を宇宙規模から語り始めるほかの神話に比べ、『古事記』のそれが「天地初発」にあまりこだわらず、むしろイザナキ・イザナミの二神が日本列島を生む方に重心を置いているように読んで取れた。やたら具体性があり、宇宙を意識するよりも国土を意識していたような、ある種「無欲」的な不思議さも覚える。
 これを「日本」という国家神話であるという本書の指摘にははっとさせられた。——初めて「日本」を国の名前にした天武天皇時代、「天孫降臨」のテーマを全うするために、集められた神話の断片を再創作した「文芸作品」であると論を立て、神話とその裏に隠されていた意図を読み解こうとする。
 『古事記』に関する様々な説がある中で、新しい視点がまた一つ提示された。所々に現代の真面目で規則を守る日本人を重ねて読んだりして、大変興味深いものがあった。
 評・楊逸(作家)
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 中公新書・840円/さいじょう・つとむ 50年生まれ。3月まで専修大学教授(日本古代文学、神話学)。

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