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ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る [著]ダニエル・カーネマン

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2011年04月03日

[ジャンル]経済 人文

表紙画像

■行動経済学を、楽しく奥深く

 人間の心理は、時に奇妙なよじれを見せる。評者は十万円もらっても売らない本を持っているが、それを盗まれても五万円で買い直すかわからない。売るのと買うので価値評価がちがうのだ。
 同じものの価値が状況によって変わる——朝三暮四のサルを笑えない! これは従来の経済学では想定外の事態だ。カーネマンは、それを実証的に示し、行動経済学という新分野の先鞭(せんべん)をつけた。本書は、そのカーネマンのノーベル経済学賞受賞講演と自伝、そして論文二編を収録し、業績を一望できる日本独自編纂(へんさん)の一冊だ。
 カーネマン自身の解説で、自分を実験台に各種知見を確認できるし、著者がその知見に到達するまでのエピソードも秀逸。初めて触れる人でも楽しく勉強できるはず。
 訳はきれいだし、監訳者の解説もポイントを押さえていて有益。欲をいえば、現実への応用について紹介がもっとほしかった。著者や監訳者の嘆く、行動経済学が既存経済学を全否定するという誤解は、具体的な応用が見えにくいせいもあるのだから。
 たとえば国民に自由意思で健康保険に入ってほしい場合、「みんな保険入ろう!」と言うより「全員保険に登録しとくけど、やめたい人はお好きに」と言ったほうが、同じ保険でも最終的な加入者はずっと増える。行動経済学の応用は様々だが、何よりこうした政策の提示手法面で大きな示唆を与えるはず。それがわかれば、既存の経済学を否定するより補完するものだと納得しやすいと思う。
 また巻末の二論文は、人間の幸福という大テーマに挑む。かれの最近の研究結果では、人間は所得が上がっても幸福は頭打ちだが、人生への満足度は上がるとか。幸福でないが人生に満足しているって、どういう状態? 哲学的な問題としても奥深いし、己の人生を見直す契機になるやもしれませんぞ。
 評・山形浩生(評論家)
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 友野典男監訳・山内あゆ子訳、楽工社・1995円/Daniel Kahneman 34年生まれ。米プリンストン大名誉教授。

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