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あの戦争と日本人 [著]半藤一利

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年04月10日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■思い込みで現実への適応力失う

 各様の読み方が可能な書である。あえて半藤史観にみるナショナリズムのあり方という目で読み進むと、幾つかの発見がある。偏狭な「大」国家主義と怜悧(れいり)な国民主義の違いがわかってくる。
 たとえば私たちはいかに四文字七音が好きなのか。大政奉還、王政一新、文明開化から始まり、昭和に入るとまさに四文字七音の氾濫(はんらん)だと著者は指摘する。「日本人の感性に合っている」というわけだが、しかし王道楽土、万世一系、鬼畜米英としだいにこの感性も歪(ゆが)んでいく。八紘一宇(はっこういちう)との戦争目的は「誇大妄想的な理想」の典型と説くのである。
 明治から昭和までを著者独自の見方で俯瞰(ふかん)していく、その語り口になじみながら、この国の政策がいかにリアリズムを失い、思い込みと増長で現実への適応力を失っていったかが12の項目で明かされていく。日露戦争後のナショナリズムは国家目標の喪失により、「大和魂」とか「愛国心」がしきりに強調される形で形成される。国防問題に政府を関与させない慣行も定着して、政治と軍事が「真ッ二つに分かれている国家」ができあがる。著者の語りは、この歪みが昭和期には矛盾の海になり、私の少年期はその海で泳いでいたようなものだとの響きがこもっていく。むろんその偏狭と矛盾を正そうと冷徹な目をもつ昭和人は、軍人の中にもいたと、何人かの軍人の名もあげる。そこに共感しつつもなぜ彼らは主流になりえなかったのか。
 昭和天皇も歪みを正そうとした枠組みに入ると言い、「昭和の軍部と政治指導者」がその「よき人柄につけいった」との論は今後さらに実証されるべき視点でもある。
 日露戦争、統帥権、特攻隊、八月十五日などの項目ははからずも国民が熱狂を帯びて崩壊するプロセスでもあるが、そこから学ぶべきは「自制と謙虚さをもつ歴史感覚を身につけること」という言は改めて噛(か)みしめておきたい。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 文芸春秋・1600円/はんどう・かずとし 30年生まれ。作家。『幕末史』『日本のいちばん長い日』など。

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