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笹井宏之「てんとろり」「えーえんとくちから」書評 孤独がうつくしく結晶化

評者: 穂村弘 / 朝⽇新聞掲載:2011年04月10日
てんとろり 笹井宏之歌集 著者:笹井 宏之 出版社:書肆侃侃房 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784863850477
発売⽇:
サイズ: 21cm/156p

てんとろり/えーえんとくちから [著]笹井宏之



 2冊の短歌集の作者は、2009年に26歳で急逝した笹井宏之。『てんとろり』は第1歌集『ひとさらい』に続く第2歌集、『えーえんとくちから』は全体から選出された作品集である。
 〈次々と涙のつぶを押し出してしまうまぶたのちから かなしい〉
 涙が生まれることではなく、「まぶたのちから」がそれを外に押し出してしまうことが「かなしい」のだろう。泣く、という自らの行為をみつめる力の強さが際立っている。身の回りの何でもないものが顕微鏡のレンズの中で驚くほど綺麗(きれい)にみえるように、作中の〈私〉の眼差(まなざ)しを通すことで「かなしい」がやさしいを帯び、うつくしいに近づいてゆく。
 〈本当は誰かにきいてほしかった悲鳴をハンカチにつつみこむ〉
 〈くちびるのふるえはたぶん宝石をくわえて旅をしていたからだ〉
 〈砂時計のなかを流れているものはすべてこまかい砂時計である〉
 「悲鳴」「ふるえ」「時」といった捉えようのない現象が、やはりうつくしく結晶化している。その源にあるのは強い孤独感だろう。
 〈拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません〉
 自分自身と世界に対する強靭(きょうじん)な凝視力をもつ〈私〉がみつめられない唯一のもの=「あなた」。その眩(まぶ)しさが伝わってくる。
 〈えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい〉
 子供の泣き声のような「エーエンと口から」に思えた「えーえんとくちから」が、最後に反転して「永遠解く力」に変わる。ここには、自らの病や苦しみを直接語ることのなかった作者の、ぎりぎりの願いが籠(こ)められているようだ。その光が、彼を失った世界の今を生きている我々の胸を貫く。
 評・穂村弘(歌人)
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 『てんとろり』書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)・1365円▽『えーえんとくちから』筒井孝司監修、パルコ出版・1680円