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猫の散歩道 [著]保坂和志

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2011年04月17日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■風景が与える答え、小説の秘密

 猫に対する著者の感情移入と一体化は感動的でさえある。自分の家の猫でもない野良の親子の不透明な生活に一喜一憂する保坂さん。道で目と目が合っただけの子猫の一夜の運命を案じ、帰宅しても心ここにあらず。雷鳴にもしやと思い表に飛び出す。深夜になれば新たな心配が発生、子猫を尋ねてどこへやら。内田百けんさんも顔負けの執心。
 猫を愛(め)でる感性はそのまま彼の自然観に直結し、「人は風景から答えを与えられる」という。僕の十代の日々は肉体が自然の一部になるまで川や野山を駆け巡った。そこにあるのは風景だった。
 昔読んだシュタイナーの書——。真冬の荒涼たる湖水を前に2人の女。1人は身を縮め極寒に戦(おのの)き、もう1人は眼前の壮麗な風景に恍惚(こうこつ)となりながら啓示を受ける。保坂さん風にいうと彼女は「答えを与えられ」たのだ。風景が肉体に染み込む時、至高体験が答えを齎(もたら)す。
 おおむね作家の論理的で観念的な資質に対して、美術家は感覚的で肉体的である。だけど小説家保坂さんはむしろ美術家の感性に近いまれな作家といえまいか。本書には美術家に似た感受性と肉体性と遊戯性が横溢(おういつ)しているが、「子供の頃に遊んだ記憶が体に染みついているから」だろう。
 一日中机にかじりついている小説家を「動きを鍛えていないから身体性が欠け」、昨今はこのような小説が受けていると指摘する。猫に限らず他の動物や自然に対する彼の鋭敏な感受性は、すべて彼の「身体性」からきている。
 ところで保坂さんの小説は何も起こらないといわれているが、彼の日常に於(お)ける身魂は波乱ずくめだ。だからこそ小説は何も起こらないのだ。保坂さんは子供の頃から「変わっている子」といわれ続けたそうだが、当たり前だ。実生活がそのまま文学なんだから。保坂さんの「曲者性」はカフカに通じる。保坂さんの小説の秘密は本書にある。
 評・横尾忠則(美術家)
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 中央公論新社・1470円/ほさか・かずし 56年生まれ。『季節の記憶』で谷崎賞。『猫に時間の流れる』など。

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