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エイズを弄ぶ人々―疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇 [著]セス・C・カリッチマン

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2011年04月17日

[ジャンル]人文 医学・福祉

表紙画像

■放射能情報巡り混乱する前に

 疑似科学を信ずる人々はいつの時代にもいる。「進化論はデタラメ」「アポロは月に行ってない」などなど。笑えるネタが大半だが、ホメオパシーのように命にかかわってくるとそうもいかない。
 しかし、史上最悪の疑似科学である「HIV/エイズ否認主義」ほど多くの犠牲者を出したものは他に例がない。これは簡単に言えば「エイズの原因はHIVではない」という主張である。彼らは抗レトロウイルス薬をはじめとするHIV治療は有害で、HIVの流行は製薬企業の陰謀だと信じている。
 例えば南アフリカでは、ムベキ元大統領が否認主義者の主張を真に受けてエイズ対策を誤り、260万人以上が犠牲になったという。その政策助言者の一人が、アメリカのがん遺伝子研究の権威、ピーター・デューズバーグであった事実には驚かされる。
 優れた科学者やジャーナリストが否認主義の罠(わな)に陥るのはなぜなのか。HIV陽性という診断を受けた患者は、絶望のあまり否認主義者の主張に救済を求める。デューズバーグのように高名で、ちょっと被害妄想的な学者が否認主義を支持すれば、たちまち救世主に祭り上げられるだろう。ここに(レーガンのような)政治的無関心とインターネットが加われば、否認主義の蔓延(まんえん)はいっそう確実になる。
 著者も述べるとおり、疑似科学を根絶することは不可能だ。真面目な科学者が反証を山と積んで批判しても、否認主義者はかたくなになるだけだ。彼らによる被害を防ぐには、その存在をただ否定するのではなく、なんらかの社会的包摂、すなわち「居場所を与えて囲い込む」しかないのだろう。
 では、否認主義に騙(だま)されないためにはどうするか。本書に記された具体的なアドバイスは、「放射能」の情報を巡る混乱が続く今こそ、パニックを防ぐヒントとなるだろう。
 評・斎藤環(精神科医)
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 野中香方子訳、化学同人・2310円/Seth C. Kalichman 米国・コネティカット大学教授。心理学者。

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