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葬式をしない寺―大阪・應典院の挑戦 [著]秋田光彦/ルポ 仏教、貧困・自殺に挑む [著]磯村健太郎

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年04月17日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝 新書

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■社会に開いて、「縁」の場再生

 被災地でボランティア活動に取り組む僧侶から話を聞いた。彼は避難所を訪ね、心のケアに携わろうとした。彼が「精神的に辛(つら)い思いを抱えている人の相談役を引き受けたい」と申し出たところ、相手から激怒されたという。
 「いま僧侶の袈裟(けさ)姿を見ると、死を想起するから来ないでほしい」「こんなときに宗教勧誘・布教活動なんて不謹慎だ」——。
 被災地で奮闘する僧侶は大勢いる。彼らは死者の弔いを引き受け、東奔西走している。避難所として機能する寺院もある。袈裟を脱ぎ一人のボランティアとして活動する僧侶も存在する。
 しかし一方で、「僧侶は死んでからしかやって来ない」と揶揄(やゆ)されてきたことも事実だ。現代社会では葬式や法事が形骸化し、僧侶への共感が薄れている。
 そんな中、積極的に社会問題とかかわり、活動の領域を広げようとする僧侶たちが存在する。『葬式をしない寺』の著者・秋田光彦は、應典院の代表で浄土宗大蓮寺の住職をつとめる。應典院の檀家(だんか)はゼロ。葬式や法事はせず、運営はNPOによって行われている。
 秋田が目指すのは「開かれた寺」だ。人は場とめぐり合うことで、他者と世界に生かされていることを知る。これこそ仏教の「縁起」だと彼は言う。
 應典院が再建されたのは1997年。外観はコンクリート打ちっぱなしで、連日、演劇やトークイベントが行われる。心に傷を抱えた若者が集い、居場所にする。僧侶はつなぎ手となり、苦悩に寄り添う。
 『ルポ仏教、貧困・自殺に挑む』で紹介される僧侶たちも、現代社会の苦しみを直視し、新たな仏教の可能性を模索する。
 炊き出し、合同墓、フードバンク、シャワーサービス……。
 貧困が拡大し、無縁社会化する日本。その中で、僧侶たちが「縁」を作るためにアイデアを絞る。
 ここで紹介される曹洞宗正山寺の住職・前田宥全(ゆうせん)は、門の脇の掲示板に「あなたのお話 お聴きします」という紙を張り出したという。「他人には些細(ささい)なことでも、あなたにとっては重大な問題ですから」と書き添えた。すると、通りがかりに見た人が、次々に相談にやってきた。前田は悩み相談を自殺対策の一環として続ける。僧侶には「語る力」以上に「聞く力」が重要なのだ。
 日本に存在するお寺の総数は、コンビニの数よりも多い。欧米では、教会などの宗教施設が公共空間として重要な役割を担っている。寄付などの社会的再配分の動機付けとして、宗教が果たす意義は大きい。日本でも、僧侶やお寺の果たす公共的役割が見直され始めている。2冊の本は、日本仏教の新しい魅力と可能性を示している。
 〈評〉中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
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 『葬式をしない寺』新潮新書・735円/あきた・みつひこ 55年生まれ。大蓮寺住職、應典院代表、相愛大学客員教授△『ルポ仏教〜』岩波書店・1995円/いそむら・けんたろう 60年生まれ。朝日新聞記者。著書に『<スピリチュアル>はなぜ流行るのか』。

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