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レーニンの墓 上・下―ソ連帝国最期の日々 [著]デイヴィッド・レムニック

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年04月17日

[ジャンル]人文

表紙画像

■共産主義思想の形骸化、克明に

 ソ連の社会主義体制が崩壊する時(1990年代初頭)、なんどかモスクワに赴いてロシア人の感慨を確かめたことがある。その折、共産党の中堅幹部が「我々は70年もレーニンに騙(だま)されていた」と吐き捨てるように口にした。大部の本書を読み進めながら、幾たびかこの言を思い出した。
 ゴルバチョフが政権の座に就いたのは85年3月だが、それからのソ連社会がいかにレーニンやスターリンに別れを告げていくか、米国のジャーナリストがその内部での人間模様を克明にリポートしたのが本書だ。著者の視点はとくにイデオロギーにこだわらず、共産主義思想がどれほど形骸化していたかを数百人に及ぶインタビューで浮き彫りにする。その手法は徹底して実証的であり、それだけにボリシェビキ革命を明かしたジョン・リードの書を入り口とすれば、まさにこれは出口である。レーニンは出口では「(その遺体が)『コプチューシカ(燻製(くんせい)の魚)』」といわれる状態になっている。
 本書はペレストロイカ、グラスノスチの両政策を舞台回しに使うが、ゴルバチョフ自身、権力掌握時にはレーニンを「自分の水先案内となる知的・歴史的モデル」と考えていた。それを現実に崩す過程が、著者の説得力をもつ筆調と柔軟な感覚で解かれる。次々に著者の目の前にあらわれるロシア人の真の姿は、よく70年の歴史に耐えたとの感を与えるが、それも著者のレーニン・スターリン時代の粛清と独裁への怒りが根底にあるから納得できる。
 スターリンの孫の発言、サハロフの心理と動き、そして至るところに出てくる旧ソ連国家保安委員会(KGB)要員の実像、エリツィンの入党時の裏話などエピソードもふんだんに盛られている。チェルノブイリ原発事故についての「ソ連体制のあらゆる呪い——腐敗と尊大、故意の怠慢と自己欺瞞(ぎまん)——を体現」との表現に視線は止まる。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 三浦元博訳、白水社・各3360円/David Remnick 58年生まれ。93年発表の本書でピュリツァー賞受賞。

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