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錯覚の科学 [著]C・チャブリス、D・シモンズ

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2011年04月17日

[ジャンル]人文

表紙画像

■日常生活にあふれる思い込み

 著者は2人とも心理学者だが、本書は専門用語を極力避け、平易な表現を心がけているので、非常に読みやすい。
 人は日常生活の中で、さまざまな錯覚に陥り、しばしば愚かな行為に走ったり、みずから危険を招いたりする。この本は、そうした錯覚から生じる過失や事故を、具体的な実例を挙げながら、テンポよくさばいていく。
 本書が書かれたのは、著者による奇妙な実験の結果がきっかけだった。学生の集団にバスケットボールの試合のビデオを見せ、一方のチームのパスの回数を数えさせた。試合の途中でゴリラの着ぐるみが紛れ込み、カメラに向かって胸をたたく、というパフォーマンスが、予告なしに挿入される。
 その結果、学生たちはパスを数えることに気をとられ、乱入したゴリラに気づいた者は、わずか半数しかいなかったという。つまり、人は何かに集中しているとき、予期せぬものに対する注意力が極端に低下するのだ。
 こうした、注意力に対する錯覚から始まり、〈記憶の錯覚〉〈自信の錯覚〉〈知識の錯覚〉など、六つの錯覚が具体例とともに、詳しく解き明かされていく。脳トレーニングのゲームで記憶力の低下を防ぐことができるとか、モーツァルトを聞くと頭がよくなるとかいう俗説を信じるのも、錯覚にすぎないと断じる。不注意による、米潜水艦の〈えひめ丸〉への衝突事故も、やはり錯覚から起きたものだという。
 わたしたちは、いつも通る道筋の店の並び順など、正確には覚えていない事柄を、知っていると思い込みがちだ。ほかにも注意力、記憶力の過信から生じる錯覚や、単なる偶然に因果関係を求めてしまう錯覚など、多くの錯覚が日常生活にあふれている。
 そうした錯覚を、自分なりに検証してみるならば、この本の意図するところが、より鮮明になるだろう。
 評・逢坂剛(作家)
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 木村博江訳、文芸春秋・1650円/Christopher Chabris, Daniel Simons 共に米国の心理学者。

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