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金大中自伝1―死刑囚から大統領へ 民主化への道/金大中自伝2―歴史を信じて 平和統一への道 [著]金大中

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2011年04月24日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝 国際

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■絶望と希望に満ちた極端な時代の申し子

 理想の政治家とはどんな人物をさすのか。マックス・ウェーバーの言葉を借りれば、信条倫理と責任倫理の葛藤に懊悩(おうのう)しながらも、歴史の審判に耐える「結果」をもたらすことのできるリーダーということになるだろう。信条倫理には、自らの信条に殉じることも厭(いと)わない熱情がなければならないし、責任倫理には、目的の達成のためには手段を選ばない醒(さ)めた老獪(ろうかい)さが伴わなければならない。要するに、ひとりの人間の中に熱した部分と冷めた部分がなければならないのだ。本書を読めば、まさしくこの葛藤を一身に引き受けながら、死刑囚から大統領の地位へと駆けのぼっていった希有(けう)な政治家の姿が目に浮かぶだろう。その名は金大中。植民地・朝鮮の小さな島で生まれ、やがて実業家から政治家に転身し、迫害、追放、弾圧、亡命、投獄の数限りない試練をくぐり抜け、第15代韓国大統領に就任したのだ。その生涯は、悲惨と栄光あるいは絶望と希望に彩られ、目も眩(くら)むように極端だ。それは、ある意味で現代韓国の極端な時代そのものを象徴している。
 それでは、この極端な時代の申し子とも言える金大中は、どのようにして「人間力」を鍛え、信条倫理の人となったのか。自伝はある意味でこの問いに答える告白でもある。告白は冒頭からはじまる。非嫡子(ちゃくし)であり、妾宅(しょうたく)で生まれたという出生の秘密。この秘密から始まって、金大中の人生は、まるで明と暗の綾(あや)なすつづれ織りのように、肉親や妻、子供や親友、政友や政敵など、夥(おびただ)しい数の人びととの数奇な邂逅(かいこう)と別離に満ちている。そこには、弱さや恥も含めて、「人間的な、余りにも人間的な」金大中がいる。やがて彼は人間観察を研ぎすまし、人にはそれぞれにふさわしい矜持(きょうじ)があり、それを尊重する社会が実現されなければならないという確固とした信念を抱くようになっていく。そのヒューマンな理想こそが彼の民族主義を支え、民主主義への熱い想(おも)いとなって迸(ほとばし)っているのである。
 だが、ただ高邁(こうまい)な理想を説くだけの進歩的な政治家ではなかった。ましてやその理想のためには、過激な変革も辞さないとする革命家でもなかった。彼はある意味で保守的な政治家だったのだ。歴史が逆説に満ち、人びとの純粋な意図や目的をあざ笑うように、過酷な結果を突きつけてくることを誰よりも熟知していた。政敵との和合や大国との虚々実々の駆け引きなど、機会主義者とみられかねない危うい政治的決断も、歴史の知恵に裏づけられていたのだ。「実事求是」という金大中のモットーがそれを物語る。
 理想の政治家、あるべきリーダーは一日にして成らず。そう静かに語りかけてくる大著である。
 〈評〉姜尚中(東京大学教授・政治思想史)
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 波佐場清・康宗憲訳、岩波書店・上下各4095円/キム・デジュン 1924年〜2009年。元韓国大統領。「太陽政策」を掲げ、00年6月、北朝鮮の金正日総書記との南北首脳会談を実現させた。同年12月、ノーベル平和賞受賞。03年に大統領退任。

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