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ジョルジョ・モランディ―人と芸術 [著]岡田温司

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2011年04月24日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 新書

表紙画像

■変化する「反復」、静謐の背後に…

 美術史に埋没しかかっていたイタリアの一都市「ボローニャの画家」を20世紀の二大巨匠ピカソとデュシャンの横並びに位置づけて論じようとする著者の3冊目のモランディ論である。僕が初めて見た壜(びん)と壺(つぼ)の静物画は高校の美術部員の作品を連想させたり、わが坂本繁二郎をも彷彿(ほうふつ)させたりしたが、何よりも彼の同一主題と様式の反復に次第に興味を抱き始めたのも、僕がロブグリエの文学やキルケゴールの『反復』から多大な影響を受けていたからだった。
 本書にもキルケゴールが引用されている。「反復——こそが現実であり、生存の厳粛な事実なのだ」。この一言はそのままモランディを語り尽くしている。彼の反復は現代美術のコンセプトとは無縁で彼の描く静物画の器は埋没した地層の中から引き上げられ、キャンバスの中に配置されて反復しているように見えるが、それはただ彼が美術史における静物画のテーマを追い続けている結果でしかない。彼は芸術家というより研究者であり、冒険者であり、毎日がエチュードである。冒険が変化を好むように、彼の反復は固定したものではなく、常に時を刻むように変化している。
 著者は多岐にわたってモランディを分析、解析しているが、モランディの主要課題はやはり反復であり、色彩の変化とメチエの快楽に画家の肉体の痕跡を見る思いがする。黄砂で煙ったような灰褐色の不透明な不在感にモランディの無垢(むく)な姿が浮かび上がり、そこから彼の求める「平穏と静寂しか自分は望んでいない」という声が聞こえてくる。だがこの言葉の背後に隠蔽(いんぺい)されている彼の本性に騙(だま)されてはいけない。作品は正直である。一見瞑想(めいそう)的であるが、安穏と激情は表裏一体である。モランディの静謐(せいひつ)な絵の背後には安危の精神が宿っている。
 僕は本書の一面しか語れなかったが、読者はじっくり著者の言葉に耳を傾けてもらいたい。
 評・横尾忠則(美術家)
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 平凡社新書・882円/おかだ・あつし 54年生まれ。京都大教授。『モランディとその時代』など。

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