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証拠改竄―特捜検事の犯罪 [著]朝日新聞取材班

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年05月01日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■秘匿した「G」作戦

 久々、スクープらしいスクープだった。
 2010年9月21日付の朝日新聞朝刊に「検事 押収資料改ざんか」の大見出しが載った。郵便割引制度に関する偽の証明書発行事件にかかわって、村木厚子・厚生労働省元局長が大阪地検特捜部に逮捕されたのが前年6月。公判のなかで次々と杜撰(ずさん)な捜査が明るみに出て、大阪地裁は無罪判決を下した。その11日後である。
 記事内容は、前田恒彦・特捜部主任検事が、物的証拠であるはずのフロッピーディスクの日付を改竄していたという驚くべき事実だった。前田は証拠隠滅罪に問われ、先頃、実刑判決が下された。併せて、特捜部長と副部長が逮捕・起訴されるという前代未聞の事件へと発展した。本書は、このスクープを担った朝日新聞大阪本社の記者らの筆による、事件とスクープの全容である。
 「待った?」
 午後8時すぎ、待ち合わせ場所に現れた検察関係者の「その人」は、板橋洋佳に声をかけた。10年7月の夜のことだ。板橋は栃木県にある地方紙から中途採用で入社してきた若い記者である。スクープは、この検察内部のリークから始まっている。だが、これ以前、「この事件は何かおかしい」と思う記者たちの嗅覚(きゅうかく)が働いていた。改竄という虚構に拠(よ)った事件。裏付け取材を重ね、客観データをそろえ、記事へと結びつける。
 活字になれば検察組織は焼け野原となって原野に返る。原野から取った「G」作戦は社内でも秘匿し、記者自身の逮捕にも備えた。予期した通り、記事は検事総長を辞任へと追い込み、最強の捜査機関・特捜部の権威は地に落ちた。
 大スクープの内幕ではあるが、それにとどまらないものを本書は含んでいる。人は誰しも間違いを犯す。検察も、また新聞も。村木容疑者の逮捕時、新聞は捜査に疑問を投げかけたか。容疑者や被告の言い分も掲載する対等報道につとめていたか。スクープは、記事検証へと向かわせた。
 記者たちは新聞協会賞という栄誉を授かりつつ「傷」も負った。心を通わせた検事から「もう来ないでくれ」といわれて関係を断ち切られる。初報を書く前、コメントを求めて前田検事の自宅を訪れたが、玄関に置かれた子供用の玩具を見てふと心がひるむ。
 報道とは何か、新聞記者って何だ、己は何者なのだ……。自省へと向かう記述が深く胸に残る。
 メディアの多様化のなかで新聞の位置が揺らいでいるが、それでも信頼性という点で新聞はいまももっとも上位を占めている。記者魂と自省こそ新聞ジャーナリズムの明日を切り開くものである。本件はそのような仕事だった。
 〈評〉後藤正治(ノンフィクション作家)
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 朝日新聞出版・1470円/2010年度の新聞協会賞を受賞したスクープの経緯や深層を、朝日新聞大阪本社社会グループ司法クラブ、東京社会グループ司法クラブの記者が執筆。取材班は大阪、東京の社会グループ記者。解説は作家の高村薫。

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