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野球にときめいて―王貞治、半生を語る [著]王貞治

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2011年05月01日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■人生の節目でいつも不思議な力

 「人生の節目ではいつも不思議な力が僕を導いてくれた」という王貞治。王さんの野球人生には「野球の神様」がついていないと考える方が不思議なくらい。次々と重なる偶然が王さんのエネルギーによって多彩な“野球作品”を生み、その全貌(ぜんぼう)をわれわれの記憶に焼きつける。
 仮死状態で生まれ2歳まで歩けなかった王さんが「世界の王」になるまでの道程を才能の成せる術(すべ)としてわれわれは崇敬しがちだが、当の王さんの努力は人智(じんち)を超え、神明をも味方につけてしまったようだ。「天才とは努力の結晶」だとすれば王さんは天才だ。王さんの血の滲(にじ)むような努力が、肉体に無意識の天才を刷り込ませたのではないだろうか。そして真ん中に来る球だけを打てばいいというこの単純な哲学に到達するが、ここに至る人間学の錬磨には頭が下がる。巨人の選手は常に「紳士たれ」だった。王さんは死球にも怒ったことがなく、球を怖いと思ったこともない「平常心」で戦えた。
 王さんは実直で誠実で母親譲りの感謝の気持ちが厚く、一度も不満を抱いたことがない。ホームランバッターになっても長嶋さんを「天才肌」と称賛し、ライバル視せず、一緒に野球を出来たことの「幸運」を喜ぶ。次々と襲う最愛の家族の死を乗り越えて、巨人を退いたあとはついにダイエーを日本一にした。そしてソフトバンクの監督になるまでの紆余曲折(うよきょくせつ)や、自らの胃がんの手術を経て、なお「僕のような幸せ者はいない」ので「野球に恩返しをしたい」と野球への感謝を忘れない。
 ぼくが長嶋さんにサインをもらった時、「野球というスポーツは芸術である」と書いてもらったが、王さんは「人生に似ている」と言う。王さんの野球と人生は一体化しており、ひとときも「野球にときめいて」いなかったことはない。そんな王さんにときめいたぼくは野球少年に戻ったのです。
 評・横尾忠則(美術家)
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 中央公論新社・1365円/おう・さだはる 40年生まれ。77年、通算756号本塁打の世界記録で国民栄誉賞。

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