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ホームレス歌人のいた冬 [著]三山喬著

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年05月08日

[ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■寄る辺なき現代の断層を照射

 (柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ (ホームレス)公田耕一

 朝日新聞の歌壇欄にこの短歌が載ったのは2008年12月のこと。以降、公田の寄せる歌は選者によってしばしば選ばれ、またこれに呼応する読者側の作品も載った。前例のない事態が進行したが、9カ月後、ホームレス歌人はぷっつり音信を絶った。公田とは誰だったのか、実在の人物なのか……。
 著者は選者や投稿読者を訪ね、「リサイクル文庫」「ひかり湯」など歌に残るキーワードを頼りに横浜・寿町の「ドヤ街」に分け入っていく。自身、ホームレスとして一夜を過ごす日もあった。読み進むうちに、自然と読み手も“公田探索”の列に加わってしまう。まずはミステリー作品を読んでいる味がある。
 その影を踏む中で、公田の人物像は深まっていく。「ドヤ街」に寝泊まりしつつ、著者の視線は現代の「無縁社会」の底辺を見詰めていく。さらに「何もかもを失い、ひとりぼっちで年老いてしまった元新聞記者」という自身の未来像をも重ねていく。
 なぜ公田は歌を記したのか。ホームレスという身になっても、あるいはだからこそというべきか、表現への希求が途絶えなかったからだ。貧困の問題はパンのみにあらず。何が「心折れた人々」のよすがとなりうるかという問いを常に内包している。
 「ドヤ街」だけの物語ではない。心が朽ちんとするとき、表現によってそれを救わんとしたことはないだろうか。身に覚えのある者にとって、ホームレス歌人は一気に近しい存在となっていく。そこに、歌壇史における稀有(けう)のドラマの由来があった——。
 文体と考察は練り上げられている。寄る辺なき現代の断層を照射するというテーマ性を含め、近年のノンフィクション作品における収穫と思う。
 評・後藤正治(ノンフィクション作家)
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 東海教育研究所・1890円/みやま・たかし 61年生まれ。元朝日新聞記者。『日本から一番遠いニッポン』。

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