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オスカー・ワオの短く凄まじい人生 [著]ジュノ・ディアス

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2011年05月08日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ドミニカ系オタク青年の純愛

 ぶっ飛んだ、というのが率直な感想。すごい小説、いや、タイトルの言葉を借りれば「凄(すさ)まじい」小説だ。
 その理由はいくつも挙げることができる。まず、物語に途方もない力があって、読者をぐいぐい引っ張っていくのだ。主人公オスカーはニュージャージーで育ったドミニカ系の青年だが、彼のライフ・ヒストリーに加えて、彼の姉、母、祖父たちの物語も語られ、舞台はアメリカとドミニカのあいだを往還する。小説から見えてくるドミニカの現代史もまた、激しく凄まじい。オスカーの家族の年代記は、ドミニカの暗黒時代の記憶と強く結びついている。
 次に、語りの文体。オスカーに関する部分で繰り出されるゲームやアニメの知識が半端ではない。SF映画の登場人物が次々と比喩に使われたりするのだが、翻訳ではその一つ一つに丁寧に割り注がつけられている。オタクっぽい語り手のノリのいい文体にも驚かされるが、そこにちりばめられた情報を親切に解説する訳者の努力に脱帽した。しかも、原文は英語のはずなのに出てくるスペイン語の量も相当なもので、これらをルビで示しつつ訳し抜いているのにも敬服させられる。
 日本への言及がしばしば見られる不思議な小説でもある。オスカーがアニメ『AKIRA』の大ファンなのでその登場人物の名前が出てくるのは当然として、オスカーの姉も日本へ行く計画を立てるし、作者による巻末の謝辞には下北沢という地名が挙がっている。日本のアニメ文化がこんなふうに米国の若者の日常と結びついていることに新鮮な驚きを覚えた。
 それにしても、これほどセックスと暴力に満ちた物語でありながら、信じられないほどの純愛小説でもあり、軽そうに見えて重く、深い。最後まで読んで構成の巧みさに気づかされ、呪いや絶望に打ち克(か)つ文学の力を感じて、もう一度ぶっ飛んだ。
 評・松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)
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 都甲幸治・久保尚美訳、新潮社・2520円/Junot D(iに´〈鋭アクセント〉付き)az 68年ドミニカ生まれ。本作でピュリツァー賞。

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