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疾走中国 変わりゆく都市と農村 [著]ピーター・ヘスラー著

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2011年05月08日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像

■道なき道を進み、淡々と事実のみ

 中国が疾走し始めた1990年代の後半に一度、2年ぶりに帰省したことがあった。ハルビン駅から家までタクシーでわずか10分ほどの道のりだが、陸橋が何本も重なるように造られ、両側のボロ家も立派な欧風マンションに変わっていた。知らない町にでも迷い込んだようで、何が起きたのか事態をつかめずに戸惑った。
 それからというもの、東京にいながらにして我が母国を片時も目を離さずに見つめてきた。それで分かったこともあれば、かえって疑問が深まることもある。むろん後者の方が多いようだ。
 国外にいる中国人という私と対照的な立場で、あえて中国に出向き、社会の最底辺に潜り込み、貧しい人々と暮らしを共にしながら、笑いも怒りも共有できた「よそ者」もいた。アメリカ人のフリージャーナリストで、2000年から07年まで「ニューヨーカー」北京特派員だった著者だ。
 「長城」「村」「工場」という3部構成の本書は、どこから読み始めても良いが、合わせて読むことで、中国像がより立体的かつ躍動的に浮き上がってくるのだ。
 01年、中国に着いて1年足らずの著者は、さっそく車の免許を取り、レンタカーで「長城」に沿って西を目指した。途中で、ヒッチハイクする農民を乗せたり、車が立ち往生して困る人を助けたりしながら、愚直なほど道なき道を突き進んだ。
 挫折を食らわされても、再度挑戦しついにチベット高原に入ることができた。過酷な旅の中で出会った人や村、歴史や現実、どれも、途切れ途切れの長城のように、砂に埋もれようとして、危機的な状態にある。「長城」の確固たるイメージと裏腹に、中華民族の臆病な本質が見え隠れした。
 その後、著者は長城の麓(ふもと)にある「村」に居を構えて住むことに。若者が都市へ出稼ぎで消え、子どもがたった一人しかいない長閑(のどか)なこの村も、道路建設によって開発の波にさらされる。そんな中、残った中高年者による権力闘争が繰り広げられていた。
 一方で南の、温州商人が名を馳(は)せる浙江では、開発ラッシュが始まっていた。切り拓(ひら)いた山に「工場」が建つなり、成り金経営者も出稼ぎ農民も忽(たちま)ち集まってくる。15歳の少女が、年齢をごまかして工員として働くことも。
 先入観が先走りする中国ルポが多い中、淡々と事実のみを語る本書の、嫌みも淀(よど)みもない口調に、疾走ぶりの凄(すさ)まじさが一層際立ってくる。数字上では日本を抜いて世界第二の経済大国になった中国。環境汚染をはじめとする様々な問題が深刻化する一方だ。中国人の触れようとしないこれらの問題を、本書は取り上げた。
 〈評〉楊逸(作家)
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 栗原泉訳、白水社・2730円/Peter Hessler 69年生まれ。米国のフリージャーナリスト。90年代に中国・四川省で2年間、英語教師をし、2000〜07年、「ニューヨーカー」北京特派員を務め、08年、全米雑誌賞を受賞。

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