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ジェイコブズ対モーゼス―ニューヨーク都市計画をめぐる闘い [著]アンソニー・フリント

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2011年05月15日

[ジャンル]人文

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■住民運動が阻んだ巨大プロジェクト

 本書は、一口でいうと、1950年代から60年代にかけて、モーゼスという人物が強引に推進したニューヨークの再開発を、ジェイコブズという主婦が阻止した事件をあつかっている。モーゼスが推進したのは、衰退していた19世紀的な都市を再生するプロジェクトである。それは多様なものが混在していた都市を、商業区や住宅区に分け、それらを高速道路網でつなぐ現代都市のプランニングである。これは、ル・コルビュジエの「輝く都市」に示されたモダニズムの都市理論にもとづくものだ。
 モーゼスは40年代から、歴代の州や市の政府の下で、一貫してこの計画を進め、ニューヨークの風景を一変させてしまった。彼はそれを実現するために、住民に対する買収、反対者への脅迫、メディアによる宣伝を徹底的におこなった。誰も容易に反対することができない体制を創りだしたのである。その結果、モーゼスは「マスター・ビルダー」と称賛されるにいたった。50年代にワシントンスクエア公園に高速道路を通すことが、彼のプロジェクトの仕上げとなるはずであった。
 だが、それは近隣のグリニッジ・ビレッジに住んでいたジェイコブズがおこした住民運動によって阻止された。彼女はジャーナリストとしての経験が少しあったものの、大学も出ていない、子育て中の主婦であった。彼女の反対運動は、NIMBYイズム(私の裏庭にはつくらせない)によるものではなかった。もしそうであれば、モーゼスによって切り崩され、また、全世界に影響を与えることにならなかっただろう。
 モーゼスはただの政治的な権力者ではなかった。彼の背景にはモダニズム建築理論があったからだ。彼のプロジェクトを阻止するためには、それを根本的に批判するような理論が必要なのである。ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』がそれをもたらした。この本は、自然成長的な多様性こそが都市を活性化することを示した。とはいえ、彼女はこのような理論をもって運動を始めたのではない。この反対運動を通して学び、それを考えだしたのである。
 モーゼスは60年代に、ローワーマンハッタン・エクスプレスウェイを建設しようとして、再び、ジェイコブズの反対運動によって挫折し、完全に没落してしまった。彼女がいなければ、モーゼスは勝利したかもしれない。そうすれば、ニューヨークは地下鉄やバスのない自動車化した都市になっていただろう。しかし、本書を読みながら、私が考えていたのは、日本においてなぜ原発建設を止めることができなかったのか、止めるにはどうしたらいいのかということである。
 〈評〉柄谷行人(評論家)
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 渡邉泰彦訳、鹿島出版会・3150円/Anthony Flint 米国で長年、ジャーナリストとして都市計画や開発、建築、住宅、運輸関係などを取材。現在はマサチューセッツ州ケンブリッジのリンカーン土地政策研究所所属。

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