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災害がほんとうに襲った時―阪神淡路大震災50日間の記録 [著]中井久夫

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年05月15日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■人々の連帯感を歴史的に吟味

 「緊張はじわーっとぬいてゆくのがよい」「私のいえるのは、まず、被災者の傍(そば)にいること」「評価と感謝の発信は、マスコミに任せられた外交」といった考えさせられる金言がこの緊急出版の書からは幾つも発せられている。阪神淡路大震災を体験した精神科医(神戸大学名誉教授)が、1995年1月のこの震災のあとにまとめた論文と、今度の東日本大震災で思うこと、考えなければならないことを稿にして著したのだが、今もっとも時宜に合った識見、助言が示されている。
 著者の目は精神科の臨床面を土台に据えているが、しかしこうした天災に出会ったときの日本人の落ち着きや連帯感を歴史的に吟味しているので、心に響く金言が生まれるのだ。東日本大震災から12日目の3月22日の記述に、日本人は「無名の人がえらいからもっている」と外国人に答えつづけてきたとある。その意味を私たちも改めて知る必要がある。とくに著者は、戦地で東北人の部隊が略奪行為をしなかったとの中根千枝の書をあげ、「勇敢で規律正しいのが東北兵」と評しつつ、日本人を代表する性格は東北人であるとの私見を明確にする。
 阪神淡路大震災時の医療現場でのネットワークづくりや医師、ナースらの献身的な自己犠牲の様子が抑制された筆調の中から浮かび上がる。著者もチームの責任者として「包括的に承認し、個別的に追認」というリーダーシップで対応する。自らの精神医療の分野で、患者をめぐる不祥事がなかったことを正確に理解するよう訴えている。
 もとより災害という緊急時に、役所でも平素から柔らかい頭の人はますます柔らかく対応して、事態をのりきるとの示唆は現在に通じている。吉田満、大岡昇平などの戦記文学を失敗の本質を学ぶために熟読し自戒する姿勢、それが著者の人間観、職業観の支えである。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 みすず書房・1260円/なかい・ひさお 34年生まれ。精神科医。『時のしずく』『私の日本語雑記』など。

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