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円卓 [著]西加奈子

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2011年05月15日

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■大人にはない固まりかけの言葉

 主人公は小学3年生のこっこだ。口癖は「うるさいぼけ」。糞(くそ)生意気な彼女の目を通して、私は懐かしいものに出会ってしまった。ほにゃららやほにゅれれやほにょろろである。いずれも仮名。要するに、大人の世界の名づけによって正体が固まる前の様々なものたちのことだ。大昔、子供だった私もまたこれらと親しかったのだが、いつの間にかすっかり忘れていた。
 こっこの中のほにゃららが少しだけ固まりかけると、こんな言葉になる。「プリンのうえのとこ」。ふふふ、子供って馬鹿だなあ。あれは「カラメル」って云(い)うんだよ。それが大人の世界で固まった名前だ。いちいち「プリンのうえのとこ」なんて云ってたら面倒で仕方ない。
 それから、ほにゅれれがちょっとだけ固まると「あいこがつづく時間」。あるある、そういうこと。あいこが妙に続いて何だかくすぐったくなる。でも、それが完全に固まった時の名前は特に無し。じゃんけんは勝負を決めるためにあるんだから、「あいこがつづく時間」なんて大人の世界では無駄なんだ。わざわざ名前をつけたって仕方ない。
 こっこは自分の中で固まりかけの言葉たちを大事に「じゆうちょう」に書きためている。そんな或(あ)る日、彼女はとうとうほにょろろと出会った。胸にはSのアップリケ。長袖つなぎ姿のそいつは云った。「ご尊顔を踏んでくれはるのん」。凄(すご)い。なんかわからんけど凄い。詩人か、いや、ロックスターだろうか。こっこは、その言葉に魅入られたように、桃色の「ご尊顔」に小さな足を乗せてしまう。
 だが、大人たちの言葉によってきちんと固まったほにょろろの正体は、詩人でもロックスターでもなく、「変質者」だった。うわっ。でもまあ無事で良かった、と私は思ったが、こっこの足は震えていた。そして叫んだ。「あああああ!」。何だか胸が熱くなる。こっこ、馬鹿だなあ。
 評・穂村弘(歌人)
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 文芸春秋・1300円/にし・かなこ 77年テヘラン生まれ。作家。『きいろいゾウ』など。

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