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「ボランティア」の誕生と終焉―〈贈与のパラドックス〉の知識社会学 [著]仁平典宏

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年05月22日

[ジャンル]人文 社会

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■矛盾はらむ贈与、境界解体の先に

 ボランティアとは何か——。
 「偽善だろ」「自己満足なんじゃないの」といった冷笑が、ボランティアには向けられる。その言説の核心には「他者のため」という「贈与」の問題がある。
 贈与はなかなか厄介な行為だ。受け取った側は、行為者の真の意図を考えてしまい、不安になる。「もしかしたら別の意図があるんじゃないのか」という疑心暗鬼が生まれる。一方で、贈与した側も相手が「本当に喜んでいるのか」「迷惑だったんじゃないか」という不安を抱く。
 さらに贈与には「返礼」という「反対贈与」が伴う。これは物質的な返礼がなくても、贈り手が行為に満足を感じたり、感謝を受けたりすることで成立する。デリダが言うように、贈与は原理的な不可能性を内包している。
 著者は、この「贈与のパラドックス」を軸に、「ボランティア」概念の変遷を辿(たど)る。
 ボランティアには、1970年代以降、「生きがい」の獲得という要素が付与されてきた。社会が流動化し、人間の付け替え可能性が高まる中、人々は他者からの承認を求めてさまよう。一方、ボランティアは他者の役に立つという意味を付与し、実存を担保する。
 しかし著者曰(いわ)く、「自己効用論的なボランティア活動では、〈贈与のパラドックス〉は解決しない」。
 この問題を鋭利に突きつけたのが、70年代の障害者運動だった。彼ら/彼女らは、ボランティアによる「生きがい」の追求こそ「障害者を食いものに」していると批判した。ある当事者は言う。「(ボランティアが)なんで応援センターに来るかいうたら、お見合いしている。恋人探しや」
 つまり、自己効用的なボランティアは「障害者との関係とは別の回路から精神的報酬(楽しさ、恋人づくり……)を得」ており、それは「共に同じ場にいる障害者を疎外することになる」のだ。そして、贈与の対価として、障害者を障害者役割に縛りつけ、誇りを奪う。当事者は言う。「私はもう彼等(かれら)をいい気持ちにさせてあげない」
 このような批判は、両者の対等な関係の構築と、互いに利得を生み出す「互酬性」システムの確立へと向かった。その結果、経営論的転回が起こり、社会貢献マーケットが拡大した。この「洗練された解決法」は、ボランティアの境界を解体する。ボランティアは「終焉」を迎え、新自由主義的な政治に動員されていく。
 では、どうすればいいのか。著者は最後に、パラドックスに向き合いつつ「偽善」に賭け、あえて「贈与」の領域を引き受けようとする。その論理は脆弱(ぜいじゃく)だが、確かな一歩のように見える。今こそ必読の書だ。
 〈評〉中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
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 名古屋大学出版会・6930円/にへい・のりひろ 75年生まれ。日本社会学会奨励賞受賞。日本学術振興会特別研究員などを経て法政大学社会学部准教授(社会学)。

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