ハ・ジン「すばらしい墜落」書評 がむしゃらに生きる移民の姿
ISBN: 9784560081198
発売⽇:
サイズ: 20cm/266p
すばらしい墜落 [著]ハ・ジン
ニューヨークにはフラッシングという町があるという。そこに、貧しい留学生をはじめ裕福なインテリや会社員、小金持ちの老人やその介護をするおばさん、寺のお坊さんから若い売春婦まで、様々な中国系移民が生活している。忍耐強くがむしゃらに生きる彼らの姿を覗(のぞ)かせてくれるのがこの短編集だ。
教育関係の使節団のメンバーとしてアメリカを訪れた孟教授は、帰国の直前に元教え子である「ぼく」の狭いアパートに逃げ込む。短編「恥辱」が扱うこの類の亡命事件は、1980年代の中ごろから90年代の終わりにかけて、中国使節団の訪問の先々で頻繁に起きていたのだ。
料理屋でアルバイトをしながらの潜伏生活だったが、ある出来事によって中国領事館の知るところとなった。次の居場所を求めるべく孟先生はNYを離れることに。その夜、「ぼく」は小説を書き始めた。著者の実体験とも想像させるような一編だ。
「英文科教授」は、論文を提出した直後に、語彙(ごい)の誤用があったことに気付いた教員の話。大学の終身在職権にかかわる重要な論文だ。我が人生をほとんどあきらめかけた頃、嬉(うれ)しい知らせが飛び込んできた。この一編は、結末に至るまで、科挙制度を皮肉った清の名作『儒林外史・範進中挙』の現代バージョン、という道を貫いている。
チャイナタウンの始まりはどこからだろうか。今や大量「コピー」されたかのように、いろんな国でできている。日本でも一時期、池袋中華街構想が話題に上がった。私と同じく80年代以降来日した中国人、つまり新華僑と呼ばれている人々の多くが、池袋およびその周辺地域に住んでいることからだという。
このストーリーはひょっとして池袋辺りでも繰り広げられているのではないか、といった錯覚に纏(まと)われつつ、本書を読み終えた。
評・楊逸(作家)
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立石光子訳、白水社・2520円/は・じん 56年中国生まれ。『待ち暮らし』で全米図書賞を受賞。