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公共放送BBCの研究 [編著]原麻里子・柴山哲也

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年05月22日

[ジャンル]人文 社会

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■穏やかなナショナリズムを涵養

 NHKでBBC(英国放送協会)のドキュメンタリーを見た日がある。カナダの山中で、一人、樵(きこり)となって暮らすベトナム帰還兵の日々を追った作品であったが、戦争の傷痕がひしひしと伝わる、いまも記憶に残る秀作だった。
 正確なニュースと良質の報道番組を看板とするBBCであるが、放送領域は教養・娯楽・スポーツに、さらに昨今はニューメディアへとウイングを広げている。本書は、世界の放送ジャーナリズムに君臨するBBCを多角的に論じた研究書である。
 受信料により成り立つ点ではNHKと同じであるが、時々の国王(女王)から「特許状」を授かり、また国民が所有する「公共財産」というあたり、イギリス的である。
 公共放送にとっての宿命的課題は、時の権力との関係性である。それは戦争時にもっとも露(あら)わに現れる。大量破壊兵器の存在を理由にイギリスは対イラク戦争に参戦したが、BBC記者はそのうそを暴いてブレア政権と激しく対立した。事実が判明したとき、政権は退陣へ追い込まれた。
 一方、第2次世界大戦、スエズ動乱、フォークランド紛争など、歴史的に振り返っていえば、BBCは“大英帝国の正義”を大きくは逸脱することのない放送局であり、国民に対し「穏やかなナショナリズム」を涵養(かんよう)する放送局でもあった。
 大戦時、敵国ドイツ国民もBBCに耳を傾けたという。戦況を知る上でもっとも正確なメディアだったからである。プロパガンダ局と化していた日・独の放送局とは大違いである。それは公共放送というものへの歴史的蓄積、あるいは国民的知恵の所産でもあるのだろう。
 研究者たちの合作である本書は少々読みづらいが、多面的でしたたかなBBCの姿を教えてくれる。“この国民にしてこの政府”というきつい至言があるが、それは放送局においてもいえるのだろう。
 評・後藤正治(ノンフィクション作家)
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 ミネルヴァ書房・4725円/はら・まりこ 社会人類学者、しばやま・てつや 立命館大学客員教授。ほか16人が執筆。

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