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本田靖春「複眼で見よ」書評 正義感と弱き者へのまなざし

評者: 後藤正治 / 朝⽇新聞掲載:2011年05月29日
複眼で見よ 著者:本田 靖春 出版社:河出書房新社 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784309020365
発売⽇:
サイズ: 20cm/315p

複眼で見よ [著]本田靖春

 本田靖春氏が亡くなってはや6年が経つが、単行本に未収録の作品が一冊にまとめられた。折々、雑誌に掲載されたものであるが、本田靖春という書き手の視座と人となりがくっきりと伝播(でんぱ)してくる作品集となっている。
 志と節操を失いつつあるジャーナリズムへの慨嘆と警鐘、社会のさまざまな姿を切り取ったエッセー、あるいは青森・六ケ所村や沖縄返還のルポなどが収められている。読後、浮かぶのは真っ当な正義感であり、弱きものへの優しきまなざしであり、韜晦(とうかい)をまぶした大人の味である。
 氏の代表作『不当逮捕』誕生前夜の模様を記した一文もある。戦後間もなく、読売社会部にあってスクープを連発した立松和博記者。戦後の自由の機運を全身で体現していた無頼記者でもあったが、検察内部の権力抗争に巻き込まれて逮捕される……。この作品の執筆時、本田氏は旅館でカンヅメだったが、高熱が引かず、体調はドン底であったとある。氏を支えたのは、この作品こそ書かねばならないという思いであったろう。
 評者にとって、本田氏は大きな影響を受けた先達である。文庫本の解説を書いてもらったお礼にかこつけて自宅に伺い、あるいは対談を引き受けていただいた日もあった。作品から受けるものと、人となりの乖離(かいり)感のない人だった。後々まで残ったのは、話の内容よりも、雰囲気、たたずまい、風情といったものである。接していて何とも心地いいもので、いまも取り出して感じることができる。作品の源が、人間・本田靖春の器量に支えられてあったことをいま一度思うのである。
 本書は、本田氏が亡くなった翌年に出版社に入った20代の編集者によって編まれている。夫人に遺(のこ)した、いつか若い者が訪ねてきたら十分に応対してやってくれ——という言葉が生かされた。小さな灯が次世代に引き継がれたことをうれしく思う。
 評・後藤正治(ノンフィクション作家)
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 河出書房新社・1995円/ほんだ・やすはる 1933〜2004年。元読売新聞記者。『不当逮捕』『誘拐』など。