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ユダヤ人大虐殺の証人ヤン・カルスキ [著]ヤニック・エネル、ホロコーストを知らなかったという嘘 [著]フランク・バヨール、ディータァ・ポール

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年06月05日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

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20世紀最大の病、深化した視点で
 
 第二次大戦前後の史実解釈は着実に「同時代史」から「歴史」へと移行している。記憶や記録の時代から教訓(本質)をいかに汲(く)みとるかに重点が移っているということだ。
 ナチスによるユダヤ人大量虐殺という、20世紀最大の人類の病もその例に漏れるわけではない。特にヨーロッパ各国では、このホロコーストについて次世代により、同時代の視点とは異なる深化した論点が示されているのだが、この両書もその系譜に連なっている。
 『ユダヤ人』の著者は1967年生まれのフランス人作家、『ホロコースト』は61年生まれと64年生まれのドイツの研究者。父祖の時代の歴史的汚点を冷静に分析している点に特徴がある。そこに共通するのは、ホロコーストそれ自体は実は戦時下のアメリカ、イギリスの指導部もその輪郭をつかんでいたとし、むろんドイツ国民も自分たち周辺のユダヤ人の強制収容所送り、大量殺人への構図を認識の差はあれ十分に知っていたとの主張である。
 そのことを提示するのに、前者はポーランド抵抗運動のヤン・カルスキが戦後33年間沈黙を守り続け、映画「ショアー」出演を機にその体験を語ったことに衝撃を受け、カルスキの側に寄り添ってその本質を透視していく。三部構成のうち、第二部ではカルスキが44年に刊行した強制収容所告発の書を自らの目で読者に簡略に説明する。彼は密(ひそ)かにゲットーに潜入し、ユダヤ人大量虐殺を窺(うかが)わせる実態をつぶさに見聞している。さらにロンドンの亡命政府に伝え、イギリスやアメリカの指導者にも具体的に救助の策を講じて欲しいと訴える。ルーズベルトに要請するところで第二部は終わるが、第三部は、作家としての創作でカルスキの絶望とルーズベルトの鈍い反応を怒りの筆で描き出す。
 著者はカルスキの思いを代弁するように「ヨーロッパのユダヤ人を救済することは誰の利益にもならなかったから、誰も救済しなかった」と書いている。そのうえでの「恥ずべき真実はいつでも、遅ればせにしか現れてこないのだ」という表現が説得力を持つ。
 後者の書は研究者らしく、実証的であり、確かに第三帝国は世論に開かれた社会ではなかったにせよ、日常の生活空間からユダヤ人が姿を消し、収容所で大量殺人に追いやられたことは、誰もが知っていた、つまり不作為の作為を裏付ける。戦時下、一ベルリン市民のなぜ我々の都市は爆撃されるのか、それは我々がユダヤ人を殺したからだとの言は、懲役刑を受けたという。両書が示している「教訓を汲みとる姿勢」、それは史実を見抜く知性と感性、そして良質の言葉をもつことである。
 〈評〉保阪正康(ノンフィクション作家)
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 『ユダヤ人』 飛幡祐規訳、河出書房新社・2310円/Yannick Haenel 『ホロコースト』 中村浩平・中村仁訳、現代書館・2310円/Frank Bajohr,Dieter Pohl

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