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経済成長とモラル [著]ベンジャミン・M・フリードマン

[評者]植田和男(東京大学教授)

[掲載]2011年06月12日

[ジャンル]経済 人文 社会

表紙画像

■成長は政治と社会の寛容を生む

 人間、あるいは社会全体は所得水準が向上すると、より開放的、寛容になり、さらには民主的な諸制度も広まるものなのだろうか。あるいは逆に他人のことは忘れがちになるのだろうか。この古今東西の難問に米国の金融論の専門家が挑んだのが本書であり、経済成長と社会のモラルがお互いにプラスの影響を及ぼしあうと結論している。
 著者はその主張の哲学的基礎を啓蒙(けいもう)主義に求めるとともに、人々の満足感を社会心理学的にも分析している。人々は自分の所得を他人や過去の自分と比較するが、所得水準が上昇しているときは過去の自分を上回っていることで満足する。しかし、これが止まると他人との比較がより重要な基準となり、寛容な社会実現の障害となるという。
 続いて南北戦争後のアメリカについて歴史的分析が展開される。19世紀終わり、1920年代、70〜80年代には経済が停滞し、人種差別の悪化、移民への反感、公教育への支出増大への反対などが観察された。他方、経済が順調に拡大した時期にはこうした動きは抑制され、むしろ社会的な寛容さに向かう多面的な運動が出現した。興味深い例外は大恐慌時であり、経済危機にもかかわらず、平等な経済的機会の実現への制度構築に努力が傾けられた。
 原著ではアメリカだけでなく他の地域にも触れ、おおむね同様のパターンが認められるとしている。そうだとすると、個人や企業が認識する以上のプラスが成長にはあるということであり、著者は政府が積極的に成長促進策を展開すべきだと主張している。
 詰めるべき点は多いものの、以上のような経済成長の社会、政治面での好影響という結論には勇気づけられる。それにつけても懸念されるのは経済面で「失われた20年」を続けているわが国である。その政治・社会への悪影響が無視できなくなりつつあるとみるのは評者だけだろうか。
 評・植田和男(東京大学教授・経済学)
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 地主敏樹ほか訳、東洋経済新報社・5040円/Benjamin M.Friedman 44年生まれ。ハーバード大教授。

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