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ナショナリズムと想像力 [著]ガヤトリ・C・スピヴァク

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年06月12日

[ジャンル]人文

表紙画像

■市民国家への「脱皮」は可能か

 自由や平等、民主主義などの諸価値を実現するためには、ナショナリズムの想像力こそ有用だとする「リベラル・ナショナリズム」論に注目が集まっている。セーフティーネットが崩壊する中、再配分への動機づけとして「同胞への愛着や信頼」を活用しようというのだ。社会民主主義者のようなリベラリストが、ナショナリズムの機能を再発見しようとしている。
 しかし、スピヴァクの主張は異なる。彼女は国家による再配分を維持・強化しながら、ナショナリズムを放棄する道を模索する。
 現在の国家は、ネイション・ステイト(国民国家)という形態をとる。これは国民主権の実現を目指したフランス革命によって誕生した。ナショナリズムは「国家は国民のもの」という主張によって政治化し、絶対王政を崩壊させた。
 しかし、ナショナリズムは国民の凝集力を高めるために、想像上のナラティブ(物語)を装う。忘却されていた歴史が発見・想起され、特定階層の文化が国民文化として称揚される。その力学が文化的・民族的他者を排除し、国民を同化する。
 スピヴァクの見るところ、国家はあくまでも「抽象的な構造体」であり、個人の実存的なアイデンティティとは別ものである。だから、国家はネイションから脱皮し、「シヴィック・ステイト(市民国家)」へと転換する必要がある。
 スピヴァクは、ナショナリズムの「魔法」を解くために、「比較文学者の想像力」を重視する。この想像力は、あらゆる言語表現を等価的なものと見なす視点を育成し、単一的ネイションに還元されないアイデンティティを構築する。
 ナショナリズムは無用の長物なのか。国家機能を維持しながら、ナショナリズムを放棄することなど可能なのか。
 「私は完全にユートピア主義者です」と断言する彼女の議論は、ユートピア的であるがゆえに論争的である。
 評・中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
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 鈴木英明訳、青土社・1680円/Gayatri.C.Spivak 42年、インド生まれ。コロンビア大教授。

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