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「バターン 死の行進」書評 戦場死の不条理を人類の記憶に

評者: 上丸洋一 / 朝⽇新聞掲載:2011年06月12日
バターン死の行進 著者:マイケル・ノーマン 出版社:河出書房新社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784309225401
発売⽇:
サイズ: 20cm/610p

バターン 死の行進 [著]マイケル・ノーマン、エリザベス・M・ノーマン

 1941年12月8日、真珠湾攻撃の8時間後に日本軍は、フィリピンの米軍基地を爆撃した。1カ月とたたない翌42年1月2日、日本軍はマニラを攻略。米軍とフィリピン軍は、マニラの西にあるバターン半島に立てこもった。
 激戦の末、米比軍は4月9日に降伏した。捕虜7万6千人が半島南端から、北へ約100キロの鉄道駅まで歩いて移動させられた。食料も飲み水もほとんど与えられず、赤痢やマラリアに襲われ、倒れれば容赦なく監視兵に銃剣で刺し殺された。
 本書は、多数の死者を出した「バターン 死の行進」の全体像を描き出すノンフィクション。著者のノーマン夫妻は、日本人二十数人を含む関係者400人以上に話を聞き、調査、執筆に10年の歳月を費やしたという。
 膨大な取材をもとにしているだけに、描写はリアルだ。
 「炎天のもと腐りはじめた死体には、まもなく蠅(はえ)がたかった。日中には、蠅のほか、野良犬や野生の豚もやってきた。夜間には死体の臭いに引かれて巨大な肉食トカゲが山から出てきたが、腐肉を思うさま食い荒らしたのは烏(からす)だった。膨張した死体の上に何羽も舞い降りてきて……」
 戦後、日本人は、戦争で死んだ日本人のことは思い浮かべても、他国の死者たちを思い浮かべることはほとんどないまま、今日まで歩んできたのではなかったろうか。戦争の加害の側面に目が向くようになったのは、1990年代以降のことだ。
 戦争の悲惨と戦場の死の不条理は、国境を超える「人類の記憶」として、これから長く語り継がれねばならない。そのことを本書は、行間で静かに語っている。
 注を含め600ページを超す大冊。半ばをすぎた辺りから読み進めるのが惜しくなった。ところどころに挿入されている「死の行進」の体験者、ベン・スティールのかいた絵がよい効果を生んでいる。
 評・上丸洋一(本社編集委員)
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 浅岡政子・中島由華訳、河出書房新社・3990円/Michael Norman, Elizabeth M.Norman