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霊園から見た近代日本 [著]浦辺登

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2011年06月19日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

■玄洋社の事績から浮かぶ明治外交史

 近代史に名を残す著名人の「墓巡りリポート」なのだが、本書のおもしろさは墓から墓へと飛び回ることで思いがけない人物同士の関係が次々に明らかになる点だろう。しかも、その飛び方が尋常ではない。サイコロを振らないと、次は何処(どこ)へ行くか決まらないようなスゴロク遊びに似ている。しかし本書に限ると、そんな離れ業的アプローチ術が却(かえ)って有効ではないかとすら思う。なぜなら、このお墓巡りで焙(あぶ)りだされるのが、そもそも何をしようとしたのかよく分からない奇妙奇天烈(きてれつ)な政治結社「玄洋社」の事績だからだ。
 振り出しは東京青山霊園。しかし有名人でなく有名犬の忠犬ハチ公が眠る墓を案内したあと、明治10年に大久保利通が許可した外国人墓地へ直行し、ペ・ヨンジュンが登場するまで日本で最も親しまれた隣国人、旧朝鮮国の政治家金玉均の墓が登場する。明治の外国人は本国との連絡が途絶えた例も多く、先年東京都が墓地管理料の不払いを理由に墓を処分すると公告したが、金玉均の墓も危ういところで韓国大使館が支払いを行い、処分を免れたそうだ。
 金は日本を頼りとして李王朝にクーデターを仕掛けたが失敗。彼を温かく迎えたのは離島の小笠原だった。島で砂糖キビ栽培を行っていた開拓事業家の飯田作右衛門が東京杉並の神社に「父への親不孝」を詫(わ)びる碑を建てたとき、金が贈った碑文の書も紹介される。金は小笠原で、玄洋社メンバーの来島恒喜とも交流した。大隈重信を狙った「刺客」である。すると話題は、明治政府の悲願だった不平等条約改正をごく一部に止(とど)める現実案を推進した大隈の暗殺未遂事件に及び、犯人の来島のために勝海舟らが谷中霊園に建てた哀悼碑へと飛んでいく。
 朝鮮で四肢を分断され晒(さら)しものになった金の遺体も密(ひそ)かに日本に持ち込まれ、玄洋社の頭山満とアジア主義者の犬養毅の手で青山霊園に墓も作られた。こうして墓巡りの主役は玄洋社の中心だった福岡勢に目を向けられる。朝日新聞記者から政治家に転身し朝鮮独立を支援した中野正剛、同郷の後輩で同じ経歴を辿った緒方竹虎も語られ、青山霊園を巡っただけで明治アジア外交史が浮かび上がる。
 この霊園には他に、西南戦争の警察関係戦死者、当時の大警視で自由民権運動の取り締まりに暗躍した川路利良らの墓があり、福岡をフィールドワークしつづける著者の独壇場となる。後半は千里眼事件から、東大総長山川健次郎、大本教、宮沢賢治、エスペラント、タゴール、ラス・ビハリ・ボース、新宿中村屋のインドカリーへと飛ぶ流れに、玄洋社を結びつけようとした力業である。評者は目を回し、何度もひっくり返った。
 〈評〉荒俣宏・作家
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 弦書房・1995円/うらべ・のぼる 56年福岡県生まれ。サラリーマン生活の傍ら、福岡大在学中から始めた雑誌への投稿を続けてきた。インターネットでは書評などを中心に活動。著書に『太宰府天満宮の定遠館——遠の朝廷から日清戦争まで』。

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