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原水禁署名運動の誕生―東京・杉並の住民パワーと水脈 [著]丸浜江里子

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2011年06月19日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像


■「無名の人々」の行動、明らかに

 1954(昭和29)年4月16日、東京の杉並婦人団体協議会の例会が杉並区立公民館で開かれた。参院議員奥むめおらの講演が終わって会場が静まった時だった。
 「すいません」と、一人の女性が立ち上がった。和田堀の鮮魚商「魚健」のおかみ、菅原トミ子だった。
 「第五福竜丸の事でマグロに放射能が含まれているということで、魚が売れなくなり、魚屋は困っています」「私たち杉並魚商組合で原水爆禁止の署名を取り組んでいます。一人でも多くの方に署名していただきたいんです」 必死の訴えが参加者の胸を打った。公民館長で国際法学者の安井郁も「魚屋さんだけの問題ではない、全人類の問題です」と呼びかけた。
 1カ月半前の3月1日、中部太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で行われた米国の水爆実験で、日本のマグロ漁船第五福竜丸が被曝(ひばく)した。その事実が報じられると、たちまち魚が売れなくなった。
 水爆実験をやめろ。
 その主張には、人々の生活がかかっていた。
 5月、杉並で原水爆禁止の署名運動が起き、2カ月あまりで27万もの署名を集めた。運動は全国に、世界に広がった。日本の大衆的な反核運動はここから始まった。
 本書は、この運動を担った人々への長期にわたる取材とチラシなどの一次資料をもとに、運動がどう始まり、どう拡大していったか、具体的に解明する。それは、言い換えると、運動にかかわった「無名の人々」の名前と行動を明らかにする作業でもある。
 運動は、冒頭の魚屋のおかみの訴え一つで始まったのではなかった。様々な団体や個人が、政治的立場をこえて、原水爆禁止の一点で結ばれていった。そのダイナミズムが克明に描き出されている。
 ビキニ事件が起きた54年3月、原子炉築造の調査費を国の予算に初めて盛り込む修正案が衆院を通過した。
 評・上丸洋一(本社編集委員)
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 凱風社・3675円/まるはま・えりこ 51年生まれ。第1回平塚らいてう賞奨励賞を受賞。歴史教育者協議会会員。

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