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紫式部の欲望 [著]酒井順子

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2011年06月26日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「したい」の塊、才女の素顔に迫る

 『源氏物語』——日本文学史上最高傑作である。読まなければと焦るものの、古典の持つ近寄り難いイメージや、54帖(じょう)・100万字というとてつもない長さなどの壁にぶち当たり、なかなか進まない状況に陥っていた。そんな時に本書に出会った。
 著者は、『源氏物語』のストーリーや時代背景をわかりやすく解説した上で、その構成、設定、展開ないし場面や人物の描写などといった、半ば技術絡みのところにも着眼し、著者とされる紫式部を辿(たど)る無数の細い糸を一本一本手繰って、千年も前の「キャリアウーマン」の真の顔に迫った。
 地位、才能、容姿——良い男とされるすべての条件を兼ね備えた王族の光源氏は、欲するままに、次々と平安の美女(醜女〈しこめ〉だったりもする)を物にし、人生を満喫していた。——そんな『源氏物語』のあらすじからは、豊かで男女関係においても極めて寛容で、現代よりも自由奔放だったという印象を持つ。実際、もて男・光源氏のモデルとされる藤原道長は、紫式部とは恋仲であったともいわれているのだから、紫式部もきっと派手に遊んだことだろう、と勝手に思い込んでいた。
 本書を開けば、目次に「嫉妬したい」「見られたい」「いじめたい」……、はらはらさせる文字が躍る。紫式部は「したい」の塊だったという。しかしその所以(ゆえん)は決して派手に遊んでいたからではなかった。男性の世でもあった平安の世、いくら才能のある女性でも、男性に頼らなければ独りで生きていける環境になかった。女であるつらさを喜怒哀楽の富んだ顔で、千年後の自由を享受する現代の女性たちに打ち明けているように感じながら読み進んだ。紫式部も『源氏物語』もグッと身近にしてくれる一冊だ。
 指で、和風の装丁の表紙に触れながらページを捲(めく)る、そんな読み心地もまた、たまらない。
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 集英社・1365円/さかい・じゅんこ 66年生まれ。『負け犬の遠吠(ぼ)え』で婦人公論文芸賞。『女流阿房列車』など。



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