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即興の解体/懐胎―演奏と演劇のアポリア [著]佐々木敦

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2011年06月26日

[ジャンル]人文

表紙画像


■表現は「反復」か、探求誘う即興論

 即興演奏というと、新しい何かが次々産出されていくイメージがあるけれど、実際には既に知られたイディオムが繰り出されていくにすぎないのが普通である。一方で、今まで誰にも知られず、また予期すらされていなかったことが起こるとしたら、それは真に驚くべきであり、その驚きが即興の場では何より求められている。そして、まさに驚くべきことに、それは実際に起こるのだ。となると表現者の課題は、驚くべき出来事をいかに意図的に組織するかになるわけだが、これが根本的な困難を孕(はら)んでいるのは、何かを意図的に行うこと自体がすでに予期の外に出るのを不可能にしてしまう、その一事を考えても明らかだろう。
 本書で著者は、デレク・ベイリー、大友良英といった先鋭的演奏家の仕事、および日本の現代演劇に即しつつ、驚くべきことの出現という即興の理念の実現可能性を理論的に探究して行く。記述は退屈さを厭(いと)わず徹底をきわめたあげく、結局それは無理だという、ある意味では最初から分かりきっていた結論に至り着く。だが、その否定の強さゆえに言葉は熱を孕んで、結論を超えて思考をさらに遠くへ運んでいくのが面白い。無理だと強烈に確認することが、いや、まだ何かあるのではとの渇望を惹起(じゃっき)するのだ。
 ここで示された問題群は決して即興に限定されるものではない。自分の表現が退屈な「反復」にすぎないのではないかと疑う全ての表現者に関わる問題である。小説家である評者は、自分の書きつつあるものが何かの「反復」であると感じながらいつも書いている。そしてそのことの意味を捉え切れてはいない。
 本書の探求は、そもそも表現とは何かという水準にまで遡及(そきゅう)して、「反復」をめぐる思考へと人を誘うだろう。と同時に、フリージャズ以降の「前衛音楽」および現代日本語演劇の動向について、的を射た批評的知見を与えてくれる。
 評・奥泉光(作家・近畿大学教授)
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 青土社・2520円/ささき・あつし 64年生まれ。批評家。著書に『ニッポンの思想』など。

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