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たんぽるぽる [著]雪舟えま

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2011年06月26日

[ジャンル]文芸

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■神様の囁き声をとらえる感性

 〈ふと「死ね」と聞こえたようで聞きかえすおやすみなさいの電話の中に〉
 こんな短歌に、どきっとする。「死ね」はきっと錯覚だろう。聞き返しても、戻ってくるのは優しい言葉だけ。でも、何となくそれでは済まない気がする。もしかしたら、作中の〈私〉は未来の声を聞いてしまったんじゃないか。或(ある)いは、パラレルワールドで発された声を。この世界で今、どんなに優しい恋人がいても、未来やパラレルワールドにおいては判(わか)らない。
 〈あけび色のトレーナー着て行かないで事故に遭うひとみたいにみえる〉
 再び、どきっ。その服装は確かにどこか不吉。だが、云(い)われなければまず気づかない。神様の囁(ささや)き声を捉えるような感度の高さだと思う。
 この短歌集の〈私〉は「死」に敏感過ぎるだろうか。否。何故(なぜ)なら、私たちは皆、次の一瞬に死ぬ可能性を秘めているから。どんなに若くても健康でも、神様に「じゃ、次は君」と指名されたらそれまでだ。パラレルワールドの一つでは多分そうなっている。
 でも、そんな事を考えていたら日常生活を送れない。だから自らを取り囲む死の予感を隠して遠ざける事で、我々は何とか日々を送っている。
 ところが、〈私〉は違う。優しい「おやすみなさい」しか聞こえない者たちに混ざって、一人だけ同時に「死ね」を聞いてしまうのだ。
 だから、その心は燃え上がる。自分と大切な人々と世界を命懸けで守ろうとする。その姿は愛の戦士のようだ。
 〈薄っぺらいビルの中にも人がいる いるんだわ しっかりしなければ〉
 〈全身を濡れてきたひとハンカチで拭いた時間はわたしのものだ〉
 〈きみ眠るそのめずらしさに泣きそうな普通に鳥が鳴く朝のこと〉
 〈かたつむりって炎なんだね春雷があたしを指名するから行くね〉
 評・穂村弘(歌人)
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 短歌研究社・1785円/ゆきふね・えま 74年生まれ。09年、短歌研究新人賞次席。

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