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間違いだらけの子育て [著]P・ブロンソン、A・メリーマン

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2011年06月26日

[ジャンル]教育 人文

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■対照的な教育論に共通するもの

 しつけや教育の問題は複雑だ。一撃必殺の“銀の弾丸”はない。マクロとミクロ、環境と個人、脳と心、思想とスキル、それぞれの視点から試行錯誤を重ねる必要がある。
 『学校を変える力』の著者デボラ・マイヤーは、ニューヨークのハーレム(貧困地域)に小・中学校を設立し、独自の教育理論で9割以上の卒業生を大学に進学させる驚異的成功をおさめた。本書には彼女の30年以上に及ぶ現場経験から生まれた教育哲学と実践知が惜しげもなく注ぎ込まれている。
 一方『間違いだらけの子育て』はタイトル以上に衝撃的な内容である。異人種間交流を増やしても差別はなくならない、子供のウソや攻撃性は社会性の一部である、IQは生得的ではない等々、“常識”をくつがえす知見がこれでもかと列挙される。
 前者は誠実で人間味あふれる経験論、後者はメタ解析の手法を駆使した科学的かつ軽妙な語り口と、一見きわめて対照的だ。しかしじっくり読み比べていくと、いくつかの共通する主張が見えてくる。
 まず、言葉への信頼だ。ブロンソンらの人種差別教育に関する指摘は、マイヤーの民主主義教育の方針と一致する。いずれも大人がしっかり問題設定しつつ言語化しなければ子供は学習できない。さらに「言葉」は「文脈」とセットで伝えることで、いっそう学習は確実になる。次いで「人間」への信頼。マイヤーが選択制の「小さな学校」にこだわるのは、互いに顔の見える関係の素晴らしい価値を信ずるからだ。一方ブロンソンらは、幼児の言語習得において、生身の人間のかかわりが必須であることを指摘する。
 おそらく両者の論点は、最終的にガリレオの箴言(しんげん)「他人になにかを教えることなどできない。できるのは自力で発見するのを助けることのみだ」に集約されるだろう。しつけや教育とは、この真理を様々に変奏する試みなのだ。
 評・斎藤環(精神科医)
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小松淳子訳、インターシフト・1995円▽『学校を変える』北田佳子訳、岩波書店・2730円

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