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蜜姫村 [著]乾ルカ 

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2010年12月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■秘境の異様な秘密に吸い寄せられ

 人里離れた秘境の村に秘密がある。村ぐるみで長年それを守り続けている。ちょっとした偶然から、そこに迷い込んでしまった旅人が「なんだかおかしいな」と疑問をもって調べようとしたために、目眩(めくるめ)く恐怖を味わうことになる。何故(なぜ)だか、私はこういう物語に弱い。
 村人の全員が健康過ぎるということが秘密の鍵である。おまけにそこに巻き込まれる主人公は女医なのだ。でも、その目をもってしても最初は気づかない。特殊な病があるというならともかく、その逆なのだから。
 だが「変だな、お年寄りが多いのに皆あまりにも健康」と感じたときから、世界が歪(ゆが)み始める。善良な村人たちとの友好的な関係が崩壊してゆく。
 おそろしい、と思いながら物語に目が吸い寄せられる。どきどきする。だって、これは私たちの世界を代表する主人公ともうひとつの世界とのぶつかり合いなのだ。
 我々の世界で強く望まれながら実現されていない完全な健康が、彼らの世界では当然のものとなっている。だがやがて、秘密に関わる者たちが、それを守るために自由恋愛や職業選択や学校教育を禁じられていることがわかってくる。それぞれが大きな犠牲を払っているのだ。
 とんでもない世界だ、と思いつつ、何かもやもやする。だって、我々の世界といってもあまりに巨大すぎて、私自身がそのシステムにどのように関わっているのか、よくわからないのだ。自由に恋愛できて職業が選択できてラーメン屋でなんでもトッピングできるけど、そのことのありがたみが実感しきれない。
 だからこそ、もうひとつの世界のあり方に興味をもつ。私に与えられた権利の殆(ほとん)どを彼らはもたない。でも、異様な秘密を中心とした世界を支える己の役割については、はっきりとした自覚と誇りを抱いているのだ。
 読み進むにつれてもやもやは大きくなる。そして最後の最後、命懸けの対決場面で、私の中に感情移入の逆転が起こった。主人公から敵の親玉へ。だって恰好(かっこ)いい。恰好いいよ。こいつの方が。ああ、私は裏切り者だ。
 評・穂村弘(歌人)
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 角川春樹事務所・1575円/いぬい・るか 作家。『プロメテウスの涙』『メグル』など。

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