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策謀家チェイニー―副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 [著]バートン・ゲルマン 

[評者]久保文明(東京大学教授)

[掲載]2010年12月12日

[ジャンル]政治 ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像

■無制限の権力を求めた「仕掛け人」
 
 原題は「アングラー」。釣り師という意味であり、シークレットサービスがチェイニー副大統領に付けたコードネーム。「仕掛け人」といったニュアンスであろうか。本書の元になった記事はワシントン・ポスト紙に連載され、ピュリツァー賞を受賞した。数百人の関係者へのインタビューに基づいて書かれただけに、大変読みごたえがある。
 チェイニーに対しては「石油利権の代表者」と決めつける者が多いが、著者は彼が副大統領就任前にそれまで勤めてきたハリバートン社などの推定800万ドル相当のストック・オプションを手放し、その全額が慈善基金に寄付されることになっていたことを明記している(しかもチェイニーはこのことを公表しなかった)。そして本書は、チェイニーが国家安全保障を最優先に考える理念の政治家であったことも認めている。
 しかし、著者はチェイニーのイラク戦争での判断や秘密主義的な政治手法などについて批判的である。著者によると、チェイニーの最大の問題点は、その使命感が強過ぎるあまり、無制限の権力を追求してしまうことであった。
 副大統領は上院議長を兼ねるが、通常下院には足がかりをもたない。しかし、チェイニーは下院本会議場に隣接した場所にオフィスを確保した。税金に関する下院での議論に関与するためであった。ここまで先を読んだ副大統領はまことに異例である。彼はまた、テロ防止のための情報収集において、大統領権限の強化に執念を燃やした。
 ブッシュ大統領によって「与えられた権限はあまりに幅広く、自律的だったため、チェイニーはアメリカにとって初の『大統領代理』に近い存在だった」。しかし、そのブッシュも次第にチェイニーに距離を置くようになる。対北朝鮮政策もその一例であろう。政権末期、チェイニーの意に反して国務省主導の交渉路線が大統領の支持の下に進められたのである。
 本書は副大統領の役割についてのみならず、ブッシュ政権の内側と本質についてきわめて重要な洞察を多数与えてくれる。
 評・久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)
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 加藤祐子訳、朝日新聞出版・2415円/Barton Gellman 米国の新聞記者を経てタイム誌の客員編集委員。

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