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戦後日本人の中国像―日本敗戦から文化大革命・日中復交まで [著]馬場公彦

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2010年12月05日

[ジャンル]歴史 国際

表紙画像

■中国という「意味空間」形成の歴史
 
 テレビや雑誌には扇情的な中国イメージが氾濫(はんらん)し、中国という存在それ自体が巨大なリスクと化した感がある。ただ、それが多分に日本人の願望やイメージを反映していることは否定できないだろう。なぜなら、中国という広大な国土は、日本人の理想やイメージが投射されたスクリーンのような意味空間だからだ。
 それでは、この意味空間は、誰によって、そしてどんな言説やイメージによって形成されてきたのか。本書はまさしくこのような問いに答えようとする労作である。
 本書がユニークなのは、論壇という公論(パブリックオピニオン)を核とした公共圏の磁場に現れた様々な知識人の中国に関する言説とその布置を整理していることである。具体的には敗戦の年から日中復交に至る1972年までの総合雑誌24誌に掲載された2554本の中国関連記事を取り上げ、その書き手である知識人や学者、ジャーナリストの属性とスタンスを整理し、中国像をめぐる戦後日本の言説の布置を浮かび上がらせているのである。
 夥(おびただ)しい数の中国関連記事の内容を精査し、それを書き手となった知識人の「中国認識経路」という方法概念によって整理するだけでも厖大(ぼうだい)な労力を必要としたはずだ。本書から透けて見えるのは、総合雑誌という日本独特の雑誌形態が論壇を形成していた時代の中国像が、一部の中国学者や中国研究者だけに独占されていたのではなく、広く総合雑誌の読者や市民に開かれていたという事実である。そこに大衆性や専門性の違い、右や左といったイデオロギー上の対立があったとしても、中国という意味空間をめぐっての言説が活況を呈する状況があったことは間違いない。そうした状況の萎縮と扇動的な中国像の拡大は、論壇の衰退と公論の閉塞(へいそく)と関係しているのかどうか、ぜひとも著者に聞きたいところだ。
 著者は大手出版社の現役編集者である。本書は編集者らしい視点の良書であり、現役編集者から優れた学者が誕生したといっても過言ではない。
 評・姜尚中(東京大学教授・政治思想史)
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 新曜社・7140円/ばば・きみひこ 58年生まれ。編集者。著書に『「ビルマの竪琴」をめぐる戦後史』。

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