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鏡のなかの薄明 [著]苅部直著 

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年12月05日

[ジャンル]文芸 人文

表紙画像

■視界を開く、本との真摯な対話

 小熊英二の大著『1968』の論評にはじまり、神田神保町のちいさな喫茶店「きゃんどる」に思いを寄せた文章でおわる。そのあいだに時評、書評、美術評、読書ガイド。悠揚自在ぶりがまず、本書の魅力である。
 冒頭、『1968』の異様な長さに言及し、本の厚みから「生の声」「心の軋(きし)み」への敏感をすくい上げる。それは、自身の歴史と社会へ向けるまなざしの表明でもあるだろう。前半には政治、宗教、制度、現代社会に割って入るしぶとい本への論評がつづく。こんなタイトルがあった。「他者の声を聴く」。本文は、政治を通じて社会的連帯再生を見出(みいだ)そうとする齋藤純一著『政治と複数性』にたいして。
 「自分の生きる社会の片隅から、あるいはその外の遠方から発せられる、苦しみを訴えるかすかな声をうけとり、秩序の現状を問い直してゆくこと。解決の鍵は、そうした『感性』の深みにある」
 日本政治思想史の研究者として、ひとりの人間として、本との真摯(しんし)な対話の記録でもある。だからこそ言葉には入念な検証がくわえられ、洗いがかけられている。「戦後直後」「ネットカフェ難民」「世論」「心の闇」「目線」……なじみかけた言葉が、ぎゃくにわたしたちを視界不良に陥れていないか。苅部直は自著『移りゆく「教養」』のなかで、すでに明言している——言葉を適切に選び、読みとる修練こそ、知を育てるだけでなく、他者との相互理解、おびただしい情報を吟味する重要な手だてなのだ、と。
 後半は、文芸やアートをめぐって文化へ向かう。論評を読むおもしろさは、書き手との紐帯(ちゅうたい)のありかを体感できるところ。二年まえ東京都現代美術館「大岩オスカール展」を観(み)たときの印象そのままを言葉として発見し、おおいに興奮した。もちろん未知の本を教わる刺激もたくさんある。たのしくなるのは、「本のソムリエ」の一章。日常感いっぱいの質問に答えた本のセレクトに独自の力の抜けかたがあり、親しみがつのる。鏡に映しだされた薄明、それは多彩なプリズムを湛(たた)えているのだった。
 評・平松洋子(エッセイスト)
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 幻戯書房・3045円/かるべ・ただし 65年生まれ。東京大学教授。『光の領国 和辻哲郎』など。

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