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飽きる力 [著]河本英夫 

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2010年12月05日

[ジャンル]人文 新書

表紙画像

■選択のための隙間を開く力

 本書で説かれるのは「飽きる」ことの積極的意義だ。一見よくある引き算系の自己啓発書にみえて、実はそうではない。わが国におけるオートポイエーシス(細胞や神経系などの自己言及的な生成システム)理論の第一人者が初めて書いた、平易なシステム論の入門書である。
 著者自身の個人史的な記述がまた実にオートポイエーシス的だ。1991年某日、昼食後にこの理論の真髄(しんずい)を卒然と理解し、嘔吐(おうと)とともに深い昏睡(こんすい)に陥る。以来河本は自ら会得した真髄に接近すべく、精神病理学、アート、リハビリテーションといった複数の現場への接続を試み続けることになる。河本は言う。「飽きる」とは、選択のための隙間を開くことであり、異なる努力のモードに気づくことである、と。それは神経系を再組織化することで、日々新たな経験に目覚めるための身体を発達させることだ。サッカーや野球などの事例を引きながら、時に「ビビアン・リーの鉄則」のような真顔の冗談も交えて議論は進む。特異な文体のリズムに不思議なめまいを覚えつつも、読み終える頃には得体(えたい)の知れない勇気が湧いてくる本だ。
 斎藤環(精神科医)
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 NHK出版 生活人新書・735円

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