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「戦死とアメリカ」書評 死の正確な実相から歴史を見直す

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2010年11月28日
戦死とアメリカ 南北戦争62万人の死の意味 著者:ドルー・ギルピン・ファウスト 出版社:彩流社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784779115660
発売⽇:
サイズ: 22cm/344,8p

戦死とアメリカ―南北戦争62万人の死の意味 [著]ドルー・ギルピン・ファウスト

 著者は「序」の一節で、「本書はアメリカの南北戦争における死の務めに関する本である」と執筆の姿勢を明かす。死の務め? 読み進むうちにその意味がわかってくる。務めとは1861年から65年までの南北戦争の期間に62万人の兵士や民間人が戦死したのだが、その死の正確な実相、アメリカ社会の困惑と疲弊の姿、さらにはアメリカの歴史そのものが「十分に理解や認識がされてこなかった」という事実を指しているのだ。
 確かに南北戦争について、私たちはアメリカ史の中で建国の胎動という枠組みで多くの書にふれてきた。しかしこの戦争は、単にその枠を超えて「戦争で死ぬとはどういうことか」という一点で見ていくと、驚くほど人間存在の本質を抱えていると本書は説く。著者はアメリカ南部史の専門家だが、北部人210万と南部人88万が戦ったその戦争の中にアメリカ人の戦争という意味だけではなく、人類史の視点をもちこむことで、私たちにも自国の戦争について考えるきっかけを与えている。
 兵士一人一人を名をもつ、家族に囲まれた存在であることを決して忘れるべきではないとの示唆は、戦場での悲惨な死は人間ではなく「豚だ」と思う兵士たちの意識のゆがみや「偉大な将軍のために名誉や栄光を製造する単なる機械」と考える兵士の例を数多く紹介することで説得力をもつ。リンカーンも多くの殺戮(さつりく)をとにかく正当化せざるを得なかったのだが、それゆえに死者たちを「永遠に存続する国家に霊感を与える存在」として讃(たた)え、合衆国はこの地上から決して消えることはないとその神聖化を説いたのである。
 20世紀のアメリカが第1次大戦から最近のイラク戦争まで、自国の兵士たちを幾人も戦死させることになったのだが、ときにそれはアメリカがつけを払っているのかもしれないと著者は指摘し、「生存者さえも別の人間になった」ことを今も理解しえずにいると問いかける。私も同年代のベトナム戦争に従軍したアメリカの友人の苦悶(くもん)の表情を見ているだけに、本書の歴史的視座にうなずける。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 黒沢眞里子訳、彩流社・3990円/Drew Gilpin Faust 1947年生まれ。歴史学者。ハーバード大学学長。