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ウスケボーイズ―日本ワインの革命児たち [著]河合香織

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2010年11月28日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「本場の教え」脱して得た「思想」

 日本のワインは今世紀、劇的においしくなった。それは文字どおり「革命」と呼ぶべき事態だ。ウスケとは伝説的なワイン研究者・麻井宇介。本書は、彼の薫陶を受けた3人の生産者、岡本英史、曽我彰彦、城戸亜紀人のワイン観とストイックな生き方を伝えることで、この国のワイン生産・受容史をも顧みる。
 私が日本ワインを愛(いと)しむのは、明治開国以来、日本の小説と翻訳文学の辿(たど)ってきた道のりに、日本ワインのそれが重なって見えるからかもしれない。例えば岡本の登場は文学でいえば、日本文学の伝統と離れた片岡義男や村上春樹が出てきた時の衝撃に似ている。
 維新政府にとってワインは欧化国策であり、本場の垣根仕立てという栽培法で主要な外国品種を作ったというから驚きだ。ところが生ぶどう酒は渋くて売れず、「本物だからマヅクともキゝメは一番」と薬効を謳(うた)う当時の広告などを見るにつけ、トルストイを初訳した明治の翻訳家が「為(ため)になるからツマラナクテも読んでくれ」と書いたことを思いだす。
 でも、本場の教えってなんだ?と、真っ新(さら)な気持ちで畑とぶどうに向き合ったのが、この若き革命児たちなのだ。「本場」の言う鉄則には根拠のないものが多かった。ワインは畑ごとに、瓶ごとに違う。その不安定さと個性こそが魅力ではないか。あるはずのない「教科書」を破らせてくれたのがウスケ先生だったという。ある者は「無理」とされた垣根式を復活させ、芳醇(ほうじゅん)な一級のワインを造った。言うなれば古典の新訳である。河合はこれを「時間の熟成が必要だった」とずばり書く。日本ワインに欠けていたのは正体不明の〈土地の力〉(テロワール)ではなく、思想。今注目の佐々木中の〈本〉と〈革命〉をめぐる思想書『切りとれ、あの祈る手を』に示唆を得て書けば、革命は暴力によって成らず、だ。畑とぶどうの声を「気がふれた」と疑われるほど一心に聞き、その自然を活(い)かすために気の遠くなる地道な作業を重ねた者だけが革命者たることを、『ウスケボーイズ』は的確な取材によって示している。
 評・鴻巣友季子(翻訳家)
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 小学館・1680円/かわい・かおり 74年生まれ。『セックスボランティア』など。本書で小学館ノンフィクション大賞。

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