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野宿入門―ちょっと自由になる生き方 [著]かとうちあき

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2010年11月28日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■常識に切り込む都市の冒険者
 
 本書を読む前は、都市や街中で行う野宿を「楽しい。ただそれだけです。」と言い切ってしまう帯文に少しばかり疑問を抱いていた。経済状況を理由に、世の中にはしたくもない野宿をせざるをえない人々も大勢いるわけで、そうしなくても生きていける人々が、非日常を体験するために公共の場に寝袋を敷いて眠ることを果たして肯定していいのだろうか、と。
 だが、そうした正論は著者が言うところの「常識に縛られたツマラナイ人間」の言ということになる。今年30歳になる著者は「野宿野郎」というミニコミ誌の編集長である。冠されたコピーは「人生をより低迷させる旅コミ誌」。本書もまたコピー同様に自虐的な記述が随所に登場するのだが、そこで笑いを誘いながらも、憐(あわ)れみの眼差(まなざ)しを向ける大多数の常識人の懐深くへしたたかに切り込んでくる。
 旅というほど大仰ではなく、キャンプ場で一泊するようなレジャーでもなく、本当の野宿者のようなシリアスさもない。眉を吊(つ)り上げた本気のツッコミは、警察の職務質問をかわすようにするりと受け流す。別にいいじゃないかとにこやかに開き直る折れない野宿魂は、本書の文体やイラストのなかにも滲(にじ)み出ていた。
 様々な生活音に囲まれ、その音を気にしたり怖がりながら眠りに落ちる瞬間こそが心地いいと言い切る彼女の言葉には、そうかもしれないと思わせる不思議な説得力があった。
 野宿の面白さは「貧弱な装備でどう愉(たの)しんでゆくか」「手持ちの少ないモノの中でどう工夫をして夜を乗りきってゆくか」にあるという。公園や無人駅やバス停で一夜を過ごすスキルは、夏に公開されたジブリの映画「借りぐらしのアリエッティ」を彷彿(ほうふつ)させるブリコラージュ(=器用仕事)の端的な実践だろう。
 終電を逃して路上で寝ることを「消極的野宿」と呼び、それを起点に腰を据えて野宿をしてみよう、などと公言してしまう著者は、日常のフィールドに未知を見出(みいだ)す稀有(けう)な冒険者であるのかもしれない。
 評・石川直樹(写真家・作家)
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 草思社・1050円/80年生まれ。介護福祉士。ミニコミ誌「野宿野郎」編集長。

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