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昭和レトロスタヂアム―消えた球場物語 [編著]坂田哲彦

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2010年11月21日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■栄光と挫折、時代の香り思い出す

 いつだったか。ヤクルト・ファンの作家、村上春樹さんが、神宮球場を例にとりながら、閉じたドームの天井ではなく、風が吹き渡る晴天や、薄暮から星月夜の変化の下、野外で味わうプロ野球本来の楽しさを綴(つづ)った文章を読み、強く共感した覚えがある。
 戦後、プロ野球の試合が行われながら今は消えた野球場、また現役ではあるが昭和の残臭をまだ漂わせる野球場計25を紹介する本書の中に、もちろんドーム球場はない。多くはセピア色と化した写真を眺めながら思うのは、野球がスポーツと娯楽の王者だった時代を経験したある年代の大人、特に男性にとって野球場とは、様々な記憶がまとわりついた、単なるスポーツ施設を超えた何物かだったのではないか、ということだ。
 私事に関していえば、昭和30年代、珍しく父母らと過ごした大阪球場の一夜。初体験のナイターが醸し出す非日常的美しさと共に思い出す。ほとんど観客のいない日本生命球場で、勤務する会社の実業団野球の応援に駆り出され、退屈そうに隣で試合を眺めていた父の顔。夏休みの補習をさぼって自分の高校の地方予選を応援にいった藤井寺球場の暑さ……。
 その他、東京の下町に突如出現し、「光のスタジアム」と謳(うた)われた東京スタジアム、西鉄黄金時代の本拠地、平和台球場……。一つ一つの球場につく解説は決して長くはない。でも、本書は、多くの読者にとって、幼少の、また青春のある日を甦(よみがえ)らせ、また、贔屓(ひいき)のチームの栄光と挫折の日々とその時代の香りを思い起こさせるタイムマシンと化すような気がする。
 それにしても、近年のプロ野球人気の凋落(ちょうらく)は激しい。が、世界一を決めるWBCや、この前終わった日本シリーズの死闘など短期決戦は、大きな社会的関心をまだ集める。野球自体は、さほど飽きられていない。ただ、半年余をかけ、延々と競うリーグ戦のシステムに、もはや人々は耐えられないのでは。などと、読後、現代の刹那(せつな)的な時間感覚とドーム球場の閉塞(へいそく)感に、思いを至らせもする。
 評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 ミリオン出版・1890円/さかた・てつひこ 76年生まれ。フリーの編集者。『昭和ストリップ紀行』など。

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